“Tourism×食”~ガストロノミーによる地域づくりの新たな可能性を探る~JTB総研・旅行トレンドLIVEより(後編)
地域ならではの食や食文化を観光振興や地域活性化に対してどのように活用すべきかをテーマに、2023年3月7日に「JTB総研・旅行トレンドLIVE」を開催し、九州産業大学 地域共創学部観光学科准教授 本田 正明 氏、福岡県糸島市にて「またいちの塩」の製造にたずさわる新三郎商店株式会社代表 平川 秀一 氏、一般社団法人日本ガストロノミー学会設立代表/FOOD LOSS BANK代表取締役CEO 山田 早輝子 氏にお話しいただきました。これをもとに、ガストロノミーツーリズムへの取り組みにおける考え方や課題等について、必要なポイントをまとめました。本コラムは2回に分けてお送りする予定で、今回は後編となります。
牧野 博明 主任研究員
目次
3. パネルディスカッション -地域ならではの食を活用したツーリズムの可能性と地域に求められるもの(本田 正明 氏、平川 秀一 氏、山田 早輝子 氏、牧野 博明(進行))
- 「第7回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム(奈良県)」に参加した印象(山田早輝子 氏)
- 食及び食文化を観光の主目的とするために必要なことや注意点とは
- 食の安定供給をどのように捉えるか
- ガストロノミーツーリズムに取り組むうえで求められる役割分担とは
山田 早輝子 氏一般社団法人日本ガストロノミー学会 設立代表/FOOD LOSS BANK代表取締役CEO |
UNWTOのこのフォーラムについては、実はその一年前にも登壇させていただき、その時には1時間の基調講演の他、荒井奈良県知事(当時)と本保UNWTO駐日事務所代表との対談を行いました。
今回のフォーラムでは、SDGsにまつわる食や観光に関するテーマがかなり多く見受けられたように思います。例えば、女性シェフを必ず1人入れたり、私のパネルではフードロスやサステナブルに関することがテーマとなったりしていました。「おいしい」や「誘客」という当たり前のこと以前に、観光はどうしても温室効果ガスを伴ってしまうので、それをどのようにしてカーボンオフセットするのか、ということが大きなテーマになっていたと思います。また、例えば観光には飛行機移動が伴うことが多いですが、実は飛行機は1.4%しか温室効果ガスを出していないのです。それに対して、車全体は10%、食品ロスは8.2%の温室効果ガスを排出していて、フードシステム全体だと21~37%にまでなります。これは世界的には結構大きな問題となっていますが、日本では国際的には普通に読まれている英語の文献があまり読まれず、国内の政府の話やメディアの報道が主な情報源になっており、それを中心に理解・判断されてしまいがちです。今申し上げました数字は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第六次レポートでもかなり大きく取り上げられており、世界では当たり前のことなのですが、日本では認識がかなり遅れています。
今回、UNWTOのフォーラムが日本で開催されたことで、日本でも少しは認知されはじめたのではないかと思います。
<平川 秀一 氏>
糸島は食の一大生産地なので、まずはその産物を目的に来てもらいたいと考えています。産物を単に消費地に送るだけだと、本来的な生産地のものに対して価格競争で負けてしまいますので、こちらに来ていただいて様々な産物を見て味わっていただきたいです。フードマイレージという考え方もあり、私たちは20年近く、できるだけ糸島で消費してもらうことを目指した活動を行ってきました。その結果、近隣に大都市があるということもあり、お客様を呼び込むことができるようになりました。さらに、様々な品種を作ることに成功したことで、糸島という名前が全国に知られるようになりました。
私は、糸島で採れた(取れた)ものを中心に提供していて、それを来られた方に感じてもらうのが一番重要ではないかと思います。また、誰とどこで食べるかということも非常に重要なので、その環境を整えることで非常においしく感じてもらえるように努めています。もちろん、精一杯作っていますので、元々美味しいものではありますが、そこにプラスαとして環境を添えることで、美味しさが何割も増していくように感じてもらえると思っています。
<山田 早輝子 氏>
外国の方が日本に来る大きな理由の一つは食であり、食は観光と切っても切り離せないものと言えます。県庁の方などとお話をすると、皆さんパンフレットを持ってきてどこの県も「おいしい」「きれいな景色がある」と言われるのですが、残念ながら日本は47都道府県どこも食べ物がおいしく、風光明媚で素晴らしいのです。そうなりますと、インバウンドの観点で自分の競争相手となるのは京都です。数日しか日本に滞在しない場合、東京や京都ではなくその県に行きたいと思われることが重要です。他の観光地より訪れたいと感じてもらうためには、自分たちのアイデンティティを作ることが大事です。それが食とは限らなのですが、その内容によって各都道府県がやるべきことが決まってくると思います。
また、ガストロノミーと言うと皆さん高級なイメージをお持ちになると思うのですが、「ガストロ」は「胃」という意味、「ノミー」は「知識」という意味であり、ガストロノミーは「胃の知識を正しく知る」と我々国際ガストロノミー学会では定義づけています。そして、「みんなで美味しく一緒に食べましょう」ということが大事なのです。例えば、私たちが南仏に旅行に行った時には、わざわざフランスまで行って日本食を食べたいとはあまり思わないのではないでしょうか。やはりその土地のおいしいものを食べたいと思うので、その土地のことを知ってもらうためにも、そこに行かなければ食べられないもの、そして地産地消でサステナブルであるということが重要だと思います。自分の土地の何が一番いいのか、何が最も美味しいのかということをもっと知り、そこに誇りを持つことがすごく大事だと思います。
私が代表を務めるFOOD LOSS BANKでは、例えばある農家で枝豆が3粒ではなく1粒しかできないというような産品をどんどん買い取り、アルマーニやブルガリ、グッチなどの都内にあるレストラン、さらにはパレスホテルや帝国ホテルなどの高級ホテルともコラボレーションし、商品を提供しています。そこで産地を知ってもらうだけでなく、例えばレストランで産地の説明を行ってもらい、実際にそこへ出かけてもらうという取り組みも行っています。まずは食材から入って産地に興味を持ってもらい、最終的に現地へ訪れてそこで食べてもらえば美味しいにきまっているという考え方のもと、いろいろな地方と連携を行っています。そうすることで、東京のレストランも産地もウィンウィンの関係になります。
<山田 早輝子 氏>
私は安定供給については必要ないと思っています。もちろん、それが必要なところもあるとは思いますが、重要なのは「何を求めるか」ということです。例えば、修学旅行やMICEなどの大口のお客様がいる場合にはもちろん安定供給が必要だと思いますが、自然現象であるオーロラ鑑賞やホエールウォッチングについては見られないリスクを分かって参加されていると思うので、見られなくても観光客数減にはならないと思います。それを踏まえたうえで、どのように売っていくかを考える必要があり、旅行会社側のマーケティングやプロモーションのやり方が問われるのではないかと思います。食も同じく自然現象の一部だと思うので、自然災害による不作・不漁に備え、食事をどのようにエキサイティングなものにするかを考える必要があると思います。そのためには、規格外品をどんどん活用してもいいと思います。例えば、エゾシカ問題については、毎年6,000ヘクタールの森が荒らされ、年間40億円もの被害が発生しています。それを防ぐために何万頭もの鹿が殺されているという実情があるので、そういう鹿を栄養価の高いジビエとして提供するという考え方もありだと思います。害獣駆除問題はかなり深刻であるため、旅行会社がうまくタイアップしてくださるとありがたいです。環境にもいいですし、お客様もおいしいジビエを食べられ、旅行会社にとっては食の安定供給が実現し、結果的に社会貢献につながることになります。
逆の考え方をすると、地域の良いものをいつでも安定的に食べられるようになると、かえってその価値が下がるということになるかもしれません。そのため、旅行の主旨や相手に応じて提供する商品を変えてもいいのではないかと思います。旅行会社としては、自然現象であることをお客様に理解してもらいつつ、食をいかにして魅力的なものにするかを考えることが大事だと思います。
<本田 正明 氏>
私も同じ意見です。量を追い求めると、安定性・安定供給よりも大量生産・大量消費につながっていく可能性が非常に高いと思います。今は逆に、不安定であることやリスクがあることを消費者の方々に理解し許容してもらうべきで、その点を丁寧に説明していく必要があると思います。糸島ではいろいろなものを作っていますが、やはり量が少ないのです。今後、食に対する需要はどんどん変わっていくと思うので、皆さんも変化していく必要があります。安定供給のために投資できるかというと、なかなか難しいと思います。糸島では小さく生み出して常に変化させるという選択をしているので、そういった意味では安定供給には向かない地域であると思います。
<平川 秀一 氏>
先ほどウニの話をしましたが、僕らの現場では、本当に環境の変化がすごく感じられます。例えば、海水温が2度上昇すると、今まで鹿児島近郊で取れていた魚が玄界灘(九州の最北)で取れるようになります。それだけ海の変化は今、ものすごいスピードで起きています。それに危機感を持っている地元の方も多く、今後の食糧事情を考えたときに、養殖というのも一つの方法ではないかと思います。ただ、生産地としては作ることができる量に限りがあるので、こちらに来られた際に楽しんでいただくというのが理想的です。
<本田 正明 氏>
糸島の場合、結果的に役割分担が非常にうまくいっているという印象があります。ただ、先ほどは触れなかったのですが、実は糸島はこれまでに失敗を何度も繰り返しています。例えば、市民向けの体験農園やグリーンツーリズムを1970年代に取り組もうとしたものの、時期尚早で成果が得られませんでした。そのような経験もあり、行政は前面に出て行くことをやめ、朝市・夕市などでは事業者が行う活動のバックアップに徹することとなりました。この方法でうまく軌道に乗るようになり、最初のうちは行政が運営補助を行っていたのですが、次第に手を放していき、事業者が自主採算で行うようになりました。この行政の対応は非常に上手だったと思います。そして農家については、短期的に利益を上げようと思えば農薬を使用するほうがいいのですが、それよりも地域の環境保全を重要視し、減農薬を進めています。このように、事業者は自らの立場で、環境保全に熱心に取り組んでいます。
生産者は自立するのが早かったですし、その他の団体なども多くが先を見越して動いていました。糸島が良かったのは、自分たちがそれぞれの役割を認識し、最初からやるべきことを上手に見つけて実践してきたことだと思います。また、我々(生産者、研究者・まちづくり実践者、行政など)にはゆるい繋がり(30~40人)があり、みんなが試行錯誤している様子が伝わってきます。それを通じて、自分も頑張ろうと思ったり、新しい人を紹介し合ったりして、お互いに高めあっています。
<平川 秀一 氏>
糸島がうまくいっているのは、これまでに行政が撒いてくれた種を各事業者ががんばって考えながら育ててきた結果だと私は思います。そこには“糸島”という特別な環境があり、私のように移住してきた者は「ここの土地で何ができるだろうか」という考えをもとに始めた人が多いと思います。それも糸島の強みの一つではないかと思います。
今月(2023年3月)、欧米から日本を訪れる個人のツアーが3件入っています。約20日かけて日本を縦断するこのツアーは、糸島を含めた各地域で普通の食事を提供することで日本を感じながら地域を知ってもらうというフードに特化した内容となっており、7年くらい続いています。うちに立ち寄る際には、ある程度はアレルギーを考慮するものの、本当に通常お店でお出しするような日本人向けの食事を提供しているのですが、これが非常に好評です。ここにあるものを提供しているだけなのですが、このような体験・経験が今後も必要になってくるのではないかと思います。
<山田 早輝子 氏>
ガストロノミーツーリズムには、行政が主導する場合と民間が自発的に行う場合の両方があると思います。一例を挙げると、「世界一の美食の街」と言われているスペインのサン・セバスチャンは、人口が約18万人で、世界遺産もなければ著名な景勝地もなく、かつては観光客が来ないようなところでしたが、それがあそこまで食の有名な街になったのは、本当に行政の力だったのです。行政は、サン・セバスチャンを含めたバスク地方のまちづくりを「食」「アート」「建築」の三本柱で進めましたが、グッケンハイム美術館を建てたり、複合的に都市をブランディングしたりしていき、特に食を中心とする観光に特化することとなりました。日本の場合、「あれも欲しい、これも欲しい、あれもある、これもある」というマルチが良いように捉えがちですが、サン・セバスチャンのように特化することも大事だと思います。ですが、行政主導というのは特別なケースであると思います。日本でも海外でも、行政はあくまでも民間をサポートするという立場が多いのではないかと思います。
もう一つ例を挙げますと、現在私は岐阜県知事からの依頼により、「岐阜の宝もの」認定の審査員を務めています。サステナブルな視点でジャッジしてくれる人をとのことで、私が審査に加わることとなりました。「岐阜の宝もの」は、それを決める視点がサステナブルであるということも選考基準にふまえるようになりました。ここで注意が必要なのは、サステナビリティは自然保護の観点だけでなく、ビジネスとしてのサステナビリティも重要ということです。ビジネスとして続けていくために、どのようにしてマネジメントしていくのかを考える必要があります。この点は、行政が先行してやっているのではないかと思います。一方、地元や現場の方(民間)は自分たちのことをよく分かっているので、そこを上手に誰かが発信してあげるのが一番いいと思います。
1点、行政と民間が一緒に行ったほうがいいと思うのは、食の多様性です。日本は本当にここの意識がまだ足りないと感じます。「日本も食の多様性はある」と思うかもしれませんが、それは日本人が食を楽しむための様々な種類(中華やフレンチなど)が存在するというだけのことです。先ほどアレルギーのお話がありましたが、日本はこのような危険性に対する認識が低く、海外から日本に来る人は「アレルギー問題が怖すぎる」と言います。日本では、海外から既に日本にいらしたお客様を各都道府県が取り合ってしまっているというのが現状ですが、そうではなく、日本や各都道府県を訪れる理由の1位が食であるにも関わらずアレルギーやハラル対応などができていないということによりそもそも日本が旅行先の選択肢から外れてしまうことが問題なので、その対策を施す必要があると思います。2030年までには世界の人口の1/4がムスリムになるという結果も出ているのに、日本はそれに気づいていません。ムスリムは近隣のアジアにも多く住んでいて親日家が多いにも関わらず、食(ハラルなど)に対応していないために来ることができない。このような状況を改善するためには、地方や都市など関係なく、きちんと取り組んでいくことが重要です。逆に、日本全体で取り組んでいないからこそどこかの地域が取り組みを行い発信していけば、「日本のその地域に行きたい」という動機付けになり、その地域の強みにもなると思います。この点については、行政と民間が一緒になって取り組むことではないかと思います。