法人コミュニケーションのあり姿の変容
~ビジネスイベントの開催について~
新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下 新型コロナ)の感染拡大を受け、BtoBの旅行やイベントについても、オンライン化、ハイブリッド化が浸透してきました。コロナ禍でどのように変遷してきたのか、事例を交えながら見ていきたいと思います。
山田 麻紀子 担当部長
目次
新型コロナにより、数度の緊急事態宣言が発出され、そのたびに個人の行動制限が行われるとともに、職場における感染予防対策と健康管理の強化について、労使団体や業種別事業主団体などの経済団体にも協力要請がなされました。そうした制限下で、これまで対面型を基本として行われてきた各種企業活動がデジタル対応に置き換わり、企業も最適解を探っているときかと思います。各種ビジネスイベントも同様であり、アフターコロナの今、過去の形態に戻すべきか、どういった形態であれば効果を発揮するのか悩む声も聴かれるようになりましたので、実際の事例を交えながら考察していきます。
1.コロナ禍におけるビジネスイベントの変化
2020年度から本格的に行動制限が始まり、企業や学校の活動も変わらざるを得なくなりました。JTBグループの取り扱う案件も、その多くが取り消しや延期になるなど大変な打撃を受けました。一方でその中でも必ず行わなければならない研修や行事などは、その開催手法を見直し、模索し続けてきた数年間でもあります。
当初は不慣れであったオンライン型の会議やイベントも、企業によって様々なオンラインツールが導入されるようになり、参加者側も、心理的に違和感なく利用するようになったのは、大きな環境変化でした。
オンライン化が進行する中で、もしかしたらコロナ禍以降も、ほぼ全てのコミュニケーションが対面からオンラインに置き換わってしまう可能性を感じた時もありましたが、実際のデータを見てみると、主催者側の行動はそのように出ていないことがわかります。
(株)JTBによる取扱いのあった法人企業のビジネスイベント案件(注1)数に基づき、コロナ禍になり様々な制約条件が発生し始めた2020年度の各月の「オンライン/ハイブリッド形式」の案件数を100とした場合の、2021年度~2023年5月までの各月の開催件数を見てみると「オンライン形式」では2021年度の7月まで全体を上回って増加したものの、2022年度、2023年度と進むにつれて減少傾向が見られます。また、8月以降は2021年度、2022年度ともに2020年度を下回っており、鈍化したことがわかります。
一方で、「ハイブリッド形式」では、2021年度に比べて2022年度の方が上回る月が多く、「オンライン形式」に置き換わって「ハイブリッド形式」が進んだ印象を受けます。
とは言え、全体的には「オンライン/ハイブリッド形式」いずれも2021年、2022年度の勢いは減少しており、新型コロナの感染症法上の位置付けが5類感染症になった、つまり経済活動上の制約条件がなくなったと言える23年5月以降も2020年度と比較して鈍化する傾向が見られます。
この傾向に関しては、別途行った調査結果からも見えてきています。
社外向けのビジネスについてのみの設問となりますが、企業におけるビジネスイベントの担当者に対し、どういった形態でイベントを実施するのか問うたところ、2020年度は全体的に実施自体が少ないものの、2021年度は突出してオンライン開催傾向が強まり、2022年度に入るとリアル開催が右肩上がりに戻ってきていることがわかります。(図2)
世界的にみても、対面式の会議とその会議の出席者数がこれから全面的に増加すると予想されています。MPI(Meeting Professionals International)が発行している 『Meetings Outlook™ 2023 Spring』(2023年5月発表)においても、対面での会議の参加者数については、83%の回答者が今後1年間は好調に推移すると予想しており、圧倒的な支持を集めています。これは、5四半期連続で80%以上の回答者が対面会議の参加者数が好調であると予想していることになります。(図3)
特に“空気を読む”ことに長けている日本独特の風潮から、日本におけるリアルビジネスイベントへの期待の高まりを想起しましたが、人と人が顔を合わせることで生まれる「深いつながりをもった関係性」は、世界的にも重要な価値を生むと再認識されているようです。
2.新たな取り組み事例
前述のように、リアルへの回帰傾向がある一方で、これまでリアルで参集することが前提であったイベント等も、ハイブリッドやオンラインでも対応可能なことが認知され、以前よりむしろ広範に参加者を募ることができるようになったメリットも生まれています。
例えば、2021年6月「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の法改正に伴い、上場企業を対象に「場所の定めのない株主総会=バーチャルオンリー株主総会」の開催が可能となりました。これまで、「リアル株主総会」「ハイブリッド(参加・主席)型バーチャル株主総会」のみ可能であったところ、遠隔地の株主を含む多くの株主が出席しやすくなり、物理的会場が不要となるコスト削減等のメリットを勘案し、コロナ禍にも適応する形で制定されました。
開催にあたっては「上場会社」「定款の定め」等の要件が定められているものの、2023年6月30日時点で、バーチャルオンリー株主総会を開催した会社は52社、開催数は延べ66回と経済産業省が発表しており、確実にそのニーズや期待の高まりを感じます。(図4)
このほか、企業のキックオフイベントや表彰式が、コロナ禍でやむをえずオンライン・ハイブリッド形式になった事例も数多くありましたが、一つの会場に参加者を参集させる必要性から脱却したことで、会場が遠いという距離的制約のみならず、子育てや介護などで休日や夜間の外出が難しい等時間的制約のある参加者が参加でき、イベント時の一体感を共有できるというメリットが生まれています。
このように、リアルからオンライン・ハイブリッドへとビジネスイベント形態を変えることで、もともとの参加者がリアルかオンラインかに分類されていくだけではなく、これまで参加できなかった参加者も含め、ビジネスイベント自体の人数規模が拡大していくものと考えられます。
3.これからの展望
これまで、主催する立場からビジネスイベントを考えてきましたが、参加者視点ではどうでしょうか。
東京都の調査によると、2023年6月の都内企業のテレワーク実施率(従業員数30人以上)は44.0%となり、5月時点の調査と同率となっていることから、下げ止まりの傾向を見せてきています。全国的には中小企業を中心にテレワーク実施率は低下しましたが、近年の働き方の多様化により、若年層を中心として求職者の価値観や希望する就業条件も変化してきており、テレワークを望む人は少なくありません。
(株)JTBの2023年3月の調査で、参加者視点での各イベントへの参加意向を問うたところ、スポーツなどのフィジカルな動きを伴うものはさることながら、交流や交渉を目的としたもの、実物に見たり触れたりしたいもの、人や物とのつながりを得たいイベントには、遠くても現地で参加したい意向が強くなっています。一方で、全体の約3割は近くでもオンラインで参加したいという意向があり、前述のテレワーク環境も相まってオンラインニーズが一定程度存在するものと思われます。
企業からは、コロナ禍明け、反転攻勢を仕掛けるためのビジネスイベントについて、「思うように集客ができない」「開催したのに成果が上がらない」といった課題が多く聞かれるようになりましたが、リアル、ハイブリッド、オンラインといった開催形態と参加者のニーズがうまくマッチしていないがためにそうした課題が生じている可能性もあり、目的と手法の擦り合わせがより重要になってくると思われます。
企業や組織団体、学校といった法人側も、ここ2~3年、コミュニケーション手法を試行錯誤する中で、オンラインでよいもの、リアルでなければならないもの、ハイブリッドで広がりを持たせるもの、と内容ごとに見極めるようになってきました。新型コロナ禍ではその効率性、コスト感から多くのビジネスイベントがオンライン化される可能性も予見されたものの、かえってリアルの価値を再確認でき、復活・継続する動きも見られます。
ただし、忘れてはならない重要な観点は、ビジネスイベントの開催における選択権が、主催者ではなく参加者側に移行しつつあるという点です。参加の目的を参加者が見定め、それに合った参加手法を参加者自体が選択するようになりました。成果が上がらないとすれば、それは主催者が「参加者が何を目的とし、何に対してよりプライオリティを高く感じているのか」を理解できていない可能性があります。これからは、主催者の意向だけでイベントを創り上げるのではなく、参加者ニーズを丁寧に汲み取りながら、最適な形を構築していくことが一層求められます。
テクノロジーは日進月歩で進化していきますが、人と人がコミュニケーションを取ることで生まれる普遍的な価値は失われないので、目的と形態をうまく組み合わせながらビジネスイベントの広がりを模索していければと思います。
注1)ビジネスイベント:ここでは特に企業における社内向け/社外向けの各種ミーティング・イベントを指す。