交流による農村地域づくり~農村型地域運営組織(農村RMO)が「つなぐ」もの
農村地域では少子高齢化が急速に進み、地域の諸団体の活動や農地の保全を続けるのが難しくなっており、諸団体をつないで包括的に課題解決することが目指されています。近年注目されている「農村型地域運営組織(農村RMO)」の考え方もふまえて、地域内外の人や組織をつなぐ地域づくりのあり方を考察します。なお、本稿で扱う地域の活動は、市町村よりも小さい範囲(単集落~複数集落)を対象としたものをさします。
橋本 惇 研究員
目次
はじめに~I地区でのフィールドワークから
筆者がフィールドワークをしている農村地域(I地区)では、訪れるたびに地域の課題を耳にします。
どの集落でも獣害が深刻化している。畑に電気柵を張っても、イノシシは下をくぐって作物を荒らしてしまう。何度草刈りをしても、畔や耕作放棄地がすぐに草だらけになってしまう。高齢の住民が炎天下の中で重たい草刈り機を使っているのは見るに忍びないが、誰かに手伝ってもらうことに抵抗感があるから「もうやめたら」とは言えない……。
こうした課題は、日本の農村地域の多くで共通しています。農村地域、特に中山間地域では高齢化と人口減少が急速に進み、1970年から2015年にかけて山間農業地域では4割強、中間農業地域では2割弱の人口が減少しました*¹。
農業生産には、種まきや収穫といった農作業そのものだけでなく、あぜ道やため池、水路の管理などの生産補完機能も必要となります。これらの作業は多くの人手がかかりますが、農家数が減少している中で管理が行き届かない場合も生じています。また、耕作放棄地や荒廃した森林が増え、人と動物の境界があいまいになったことで、獣害の増加にもつながっています。
1.地域づくりに取り組む諸団体
地域のために活動する団体は、自治会や町内会、消防団、地区社協など、様々あります。たとえば消防団は消防署だけでは担えない防災活動や初期消火を行うなど、行政サービスを補完する公共的な役割を担っています。
地方自治体では、行財政改革や平成の大合併による自治体の広域化などにより行政サービスの水準を保つのが難しくなっています。一方で地域では、一人暮らしの高齢者の生活支援など、高齢化・人口減少に応じた課題が増えています。
そこで各団体の力を結集させ、より包括的な課題解決を目指し、地域の諸団体を「地域運営組織(RMO:Regional Management Organization)」として一元化する動きが広がっています。総務省が2022年9月時点で把握しているだけでも、地域運営組織は全国の半数近い市区町村で、計7,207団体が活動しています*²。行政だけでは対応しきれない課題に住民主体で対応するねらいから、すべての地区に地域運営組織が設置されている市町村もあります。
地域運営組織の活動内容や組織体制を、総務省が2022年度に行った「地域運営組織の形成及び持続的な運営に関する調査研究」の報告書*²から読み解いてみましょう。
活動内容としては、「祭り・運動会・音楽会などのイベント」が最も多く、「交流事業」「健康づくり」「地域の美化・清掃」「防災訓練・研修」「広報誌の作成・発行」などが6割前後で続きます。一方で、農業に関わる取組としては、最も多い「水路等の草刈りや泥上げ、農道等の補修」でも11.7%と、割合としては低くなっています(図1)。
農村地域に暮らす住民は、農業に従事しているか否かによらず「耕作放棄地の増加」「草刈りの負担」などを地域の課題として実感している一方、多くの地域運営組織では農業の課題に手が届いていないのが現状です。冒頭のI地区の例でも、話をしてくれた公民館職員自身は農業に携わっていなくても、公民館の利用者から話を聞いたり、日々の生活で田畑の様子を見たりして、農業を地域全体の課題として実感しています。
地域運営組織は、「○○地域づくり協議会」のような形で、ある地域で活動する様々な団体が連携して組織を作るケースが多いです。構成員としては「自治会・町内会」が78.2%にのぼるほか、「地域の福祉活動に関わる団体、民生委員・児童委員」や「地域の子ども・青少年育成に関わる団体」が過半数を占める一方、「農家・集落営農組織・農業法人」は6.4%、「農林地保全組織等」は1.7%にとどまっています(図2)*²。
*農「家」という言葉から農業は個人プレーのイメージを持たれるかもしれませんが、多くの地域で農業者の団体があります。農業生産を集団で行う団体として農業法人や集落営農、農地保全を行う組織として集落協定などがあります。
2.農業関係者と地域運営組織の関わりが少ない理由
農業に関わる団体が地域運営組織に参画する割合が低い理由として、以下の3点が考えられます。
(1)活動範囲が異なる
(2)行政の担当部門が異なる
(3)農業者と非農業者の連携が不足している
順番にみていきましょう。
(1)活動範囲が異なる
地域運営組織は[旧]小学校区*を単位としておかれることが多く、複数の集落で構成されています。一方で、中山間地域等で農地の保全を目的として主に置かれる「集落協定」は、まさに「集落」単位で結ばれることが多く、地域運営組織にとっては活動の実態を把握しづらい面もあります(図3)。
農業者の減少が進み、集落単位では十分にメンバーを集められず、集落協定を維持するのが難しい地域も現れています。政府は集落協定の広域化を後押ししていますが、地域運営組織の活動範囲と合わせることが義務付けられているわけではありません。合意が取れたところから少しずつ広域化を進める場合、地域運営組織の活動範囲に合わせるのは容易ではありません。
*近年小学校の統廃合が急速に進んでいますが、統廃合前の小学校区を引き続き地域づくりの単位とする場合が多いため、活動範囲の目安として「[旧]小学校区」と表記しています。
(2)行政の担当部門が異なる
地域の団体の役割は多岐にわたるため、市町村の担当部門も、自治・防災・生涯教育・農政などに分かれる傾向があります。活動内容が異なることもあり、各団体の状況が部局間で共有されにくい傾向にあります。
公民館を活動拠点にしたり、市町村の職員が各団体の活動の様子を確認したりと、市町村と連携して活動する団体がある一方で、集落協定はその輪に入れるとは限らず、活動拠点を会長の自宅に置いていることも少なくありません。
(3)農業者と非農業者の連携が不足している
自治会や消防団などは、回覧板・広報誌の配布や防災パトロールなど全住民が恩恵を実感できる形で活動されている上に、職業に関わらず役員・会員を務めることができます。一方で、集落協定は農業者だけで構成されることが多く、農業者以外の住民にとってはなじみが薄いかもしれません。
3.地域の課題として農業をとらえる必要性
そもそも地域運営組織が農地の保全まで取り組む必要はあるのでしょうか。また、農業に従事していない人はどのように農地保全に関われば良いのでしょうか。
農地の保全に取り組む団体として挙げてきた「集落協定」は、条件が不利な中山間地域等の農業者を対象とした国の支援を受けるために必要な農業者の集まりです*。
農地の保全に対する支援は、農業のもつ「食糧生産以外」の役割(作物の売上では賄えない価値)を評価しているためです。農業が続けられなくなると、耕作放棄地として景観が悪化するだけでなく、野生動物が住み着いて近隣の田畑や住宅への獣害も増大します。里山の生態系には人間も組み込まれているため、農業の衰退によって自然環境全体のバランスが崩れることが危惧されます。
*同様の支援制度として、中山間地域等の要件を問わず、「農業以外」の価値(多面的機能)の発揮を支援するものもあります。
農業の与える効果は、環境面にとどまりません。多くの観光客が訪れる農産物直売所があるように、農業は観光資源にもなり、地域内外の経済循環を高める機動力になりえます。食事や農業体験、生活体験などを組み合わせた「農泊」も、従来の農家民宿のイメージを超えたラグジュアリーなものが現れています。
農業は生活や食の文化と結びついていることも多く、地域の特色ある農業の営みが失われたら、後世にとっても損失となるでしょう。
4.地域で農業を守るには
さて、地域の農業を守り、活かすには、どうすればよいのでしょうか。農産物直売所の経営者や、農家民宿のオーナーなど、「農家以外」のキーパーソンが農業資源を「活かす」上で大きな役割を果たす例はたくさんあります。「守る」方も、農業者側からのヘルプを出しにくいのが実情ではないでしょうか。「農家以外」の方──たとえば、地域運営組織の方──が、「大丈夫」の裏に隠れた課題を見つけるのが第一歩かもしれません。I地区では、農業に従事していない公民館職員がしきりに農業の課題を口にしていました。
たとえば、大きな紙に印刷した集落の地図を広げて「耕作放棄地」「潜在的な耕作放棄地(数年以内に耕作放棄地になることが予想される農地)」を色分けするワークショップを公民館で行うことで、農業の課題を地域の課題としてとらえる機運が醸成できます。この手法は空き家問題でよく使われますが、農地保全にも活用できるでしょう。非農家も農地保全に参加し、農業を続けやすくなれば、第一の成果です。農地の集約や条件の悪い農地からの撤退など、踏み込んだ議論までできれば、将来を見据えた集落全体の農業に取り組む体制を最適化できます。
5.農村RMOの目指すものと、「人」の問題解決に向けて
「地域運営組織はあるが、農業関係の団体が入っていない」という状況では、こうした取組は既存の地域運営組織の負担が増えるだけに思われるかもしれません。実際、多くの地域運営組織がボランティアで運営されており、人材も資金も不足しています。一方の集落協定も、事務局や役員の確保に苦慮する集落が少なくありません。そこで集落協定と地域運営組織の事務局を一本化することができれば、限られたメンバーでより効果的に地域の課題解決に取り組むことが期待できます。
さらに、様々な団体が農業に関わることで、移住して就農する人を呼び込むための施策を考えたり、伝統食づくりを通して地域の農業文化を見直したりと、新しい観点での課題解決も期待できます。
こうした農業に関する団体を組み込み農地保全などの活動も行う地域運営組織を、「農村型地域運営組織(農村RMO)」といいます。農林水産省がイメージする姿は「複数の集落の機能を補完して、農用地保全活動や農業を核とした経済活動と併せて、生活支援等地域コミュニティの維持に資する取組を行う組織」*³とされています。
国の目指す農村RMOの姿では、「農用地の保全」「生活支援」に加えて「地域資源の活用」まで盛り込まれています。はじめから全てに取り組むのは難しいですが、農産物の加工・販売によって収益化に成功している団体もあり、農業を守ることが地域の豊かな暮らしにつながるといえるでしょう。
農村RMOは全く新しいことではなく、これまで地域で取り組んできたものを整理しながら対応力を高めていくものだと筆者は考えます。実際、一部の地域運営組織では、農村RMOという言葉が広がる前から地域運営組織が農業に関する活動も行ってきました。農村RMOに取り組む第一歩は、既存の団体や活動内容の棚卸しと、協力者集めです。そのためには、地域の諸団体をよく理解し、住民に広く顔が利くキーパーソンが重要です。キーパーソンの人や組織をつなぐ力は、北陸農政局が取りまとめた「農村型地域運営組織(農村RMO)の手引き」に掲載されている事例からもうかがえます。
地域の人口が減少するいま、地域内だけでなく、地域外の人や団体とも「つなぐ」力が今後ますます重要になるでしょう。大学のゼミ合宿を受け入れて祭りの担い手を確保するなど、「よそ者」の力を活用している地域は少なくありません。
キーパーソンは一人とは限りません。複数人で役割を分担し、それぞれのもつつながりを共有する中で、新たな仲間が見つかるかもしれません。地域内外の人や組織をつなぐことで、後継者を確保・育成することも今後の課題となるでしょう。農村RMOのリーダーをキーパーソンが務め、事務局は市町村が管理する公民館の職員が兼務するなど、キーパーソンに負荷を集中させない体制作りや、キーパーソンのもつつながりを周囲の人も理解できるようにする仕組みが、持続的な運営に欠かせません。
近年、草刈りや雪かきをスポーツや体験として楽しむ試みも行われており、祭りや保存食の仕込みといった「花形」の体験だけでなく、農山漁村地域のリアルな暮らしに関心を持つ都市部の住民を集められる可能性があります。
国土交通省が2020年に行った調査*⁴によると、現地を訪問するタイプ(「訪問系」)の「関係人口」は三大都市圏住民(18歳以上)の18.4%に当たるとされ、そのうちの1割弱が農山漁村地域を訪問しています。
全国の人口の半分が三大都市圏に集中しているため、「農山漁村地域を訪問する関係人口」の割合は少なくても、80万人あまりが農山漁村地域の関係人口という計算になります(図6)。
人口減少が加速する中で、人と人を「つなぐ」ことは、これからの地域づくりでより重要になります。農業の大規模化や農地の集約が進んで農作業が効率化されても、水路の泥上げや道普請など多くの共同作業が必要とされることには変わりありません。共同作業は、結や祭礼など、農村地域の文化も形作ってきました。
I地区のある住民は、大規模な災害で断水したときに、ある家庭が普段使っていない井戸を使わせてくれたことを、昨日のことのように話してくれました。人と人とのつながりは、危機に際していっそう力を発揮するのかもしれません。「自分たちだけでどうにかしようとしない」ことが、農山漁村地域の暮らしを持続させる一助になるでしょう。
<参考文献>
*1:農林水産政策研究所(2019)「農村地域人口と農業集落の将来予測―西暦2045年における農村構造」(https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/190830_2.pdf)
*2:総務省地域力創造グループ地域振興室(2023年3月)「地域運営組織の形成及び持続的な運営に関する調査研究事業 報告書」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000874295.pdf)
*3:農林水産省北陸農政局(2023年4月)「農村型地域運営組織(農村RMO)形成の手引き」(https://www.maff.go.jp/hokuriku/nouson/230420.html)
*4:国土交通省(2020年3月)「全国の「関係人口」は1,800万人超!~「地域との関わりについてのアンケート」調査結果の公表~」(https://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku03_hh_000223.html)