大阪・関西万博を契機とした地域への経済波及効果と観光誘客の方向性について
2025年に開催する大阪・関西万博には多くの訪日外国人観光客が訪れ、地域では経済波及効果が期待されています。地域が経済波及効果を拡大させるためには何を行うべきか、事例とともにご紹介いたします。
藤田 尚希 主任研究員
目次
1. はじめに~大阪・関西万博が目指すこと~
国際博覧会は、世界中の人々が参加する国家プロジェクトであり、19世紀から20世紀における過去の万博では、様々なイノベーションが生み出され、技術や文化のアピールを通じた国威発揚とビジネス促進の場として位置づけられてきました。1970年の日本万国博覧会(大阪万博)でも、電気自動車や動く歩道、ワイヤレステレホン、ファミリーレストランなどが万博を契機として誕生し、今では一般化されています。一方、21世紀の万博では、地球的課題への対応や人類社会の持続的な発展がテーマとなっており、2025年の大阪・関西万博においても、持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献と、日本の国家戦略「Society5.0」の実現が目指されています。公益財団法人2025年日本国際博覧会協会は、2025年大阪・関西万博で実現することとして、次の5点を挙げています。1.最先端技術など世界の英知が終結し新たなアイディアの創造発信、2.国内外からの創造発信、3.交流活性化によるイノベーションの創出、4.地域経済の活性化や中小企業の活性化、5.豊かな日本文化の発信チャンス、の5点です。本稿ではこのうち、4の「地域経済の活性化や中小企業の活性化」、5の「豊かな日本文化の発信のチャンス」に焦点を当て、地域への経済波及効果について考察します。
2. 大阪・関西万博を契機とした地域への経済波及効果について~訪日外国人による万博以外の観光行動における経済波及効果の計測結果~
大阪・関西万博では、観光をはじめ、教育、文化、スポーツ、ビジネス、学術など様々な分野を目的に人々が来訪することで、万博を契機とした交流人口の拡大が期待されています。一般財団法人アジア太平洋研究所(APIR)が2023年7月に発表したレポートによると、大阪・関西万博では、2兆3,759億円の経済波及効果が見込まれるとされています。さらに、万博を契機として、関西広域において観光客にとって魅力的なコンテンツやイベント等といった滞在を促すインセンティブが増加することにより、上述の経済波及効果に加えて約4千~5千億円程度の上振れが見込まれることも発表されています。こうした経済波及効果は、関西にとどまらず全国各地の地域へ波及することが見込まれており、大阪・関西万博を通じて自地域の魅力を発信することで、地域のプレゼンスを示すことのできる絶好の機会となり得ます。では、各地域では実際にどれだけの経済波及効果が見込まれるのでしょうか。
このたび、立正大学データサイエンス学部の大井教授の協力を得て、大阪・関西万博に来場する訪日外国人が万博以外の観光行動により周辺自治体にどの程度の経済波及効果をもたらすのか、開催地である大阪府以外の都道府県別に推計した結果、各都道府県の生産誘発額の合計は約3,598.9億円、観光消費額に対する経済波及効果倍率は約1.30倍との推計結果が出ました。また、生産誘発額上位の都道府県は、京都府(約1704.2億円)、奈良県(約531.4億円)、東京都(約453.3億円)となり、生産誘発額の70%を超える規模となりました。これら上位の地域の大半は、ゲートウェイである首都圏や関西圏、広域周遊による効果が得られているゴールデンルート上の地域などですが、先のAPIRの発表と同様に、各地域で万博を契機とした施策を展開し、訪日外国人観光の誘客を促すことによって、経済波及効果を拡大することが可能になると考えられています。実際、各地においては、大阪・関西万博を契機に訪れる外国人観光客に期待し、自地域の魅力を発信するための取組みが行われています。次章においてはそれらの取組みをご紹介いたします。
3. 大阪・関西万博を契機とした各地域の観光誘客の取組~香川県の事例~
JTB高松支店は、玉藻公園内にある重要文化財「披雲閣」を中心に、地域の文化、産業を支える職人(アーティザン)と世界的アーティストやクリエイターが共創し、新たな高付加価値を生み出すプロジェクト「SANUKI ReMIX」を2021年から毎年実施しており、2023年も11月3日~12日まで開催しました。
同プロジェクトの背景には、老舗観光地のリブランディングの必要性があります。従来、香川県高松市においては、玉藻公園(高松城)と屋島が2大文化資源であり、老舗の観光名所として多くの人々が訪れていましたが、近年は来訪者数も減少傾向にあったことが課題でした。課題解決に向けて、地域の賑わい創出に貢献をすることを目的に行われた同プロジェクトでは、魅力を失っていた老舗観光地である玉藻公園をリブランディングすることで、香川県高松市の新たな観光の魅力を発信しています。古くから伝統的なものづくりが盛んであり、漆芸や提灯、高松盆栽などの伝統工芸や地場産業が存在する高松市。「SANUKI ReMIX」ではそれらを支える職人(アーティザン)に焦点を当て、職人が持つ感性やそのコンテクストを1つのストーリーとして捉え、“アーティザンに焦点を当てたツーリズム”を実施しています。大阪・関西万博期間中においては、パビリオン自体を「伝統工芸・文化芸術とクリエイティブを掛け合わせた感性を詰める缶詰」として捉えることで香川県の新たな魅力を世界に発信し、大阪・関西万博で訪れた訪日外国人観光客を香川県に誘客することを目指しています。
4. 自地域への誘客促進に向けて
先の調査結果では、大阪・関西万博に来場する訪日外国人による万博以外の観光行動により、全国各地の地域に経済波及効果をもたらすことが明らかになりました。現状の調査では、ゲートウェイである首都圏や関西圏、ゴールデンルート上の地域に効果が偏っていますが、高松市の事例のように、今後の施策展開により遠方の地域においてもその効果を得られる見込みがあります。
約300万人の訪日外国人を含む約2,820万人の来場が予想される大阪・関西万博に向け、各地では観光資源の磨き上げや旅行ニーズに対応した体験型観光コンテンツの拡充、地域ブランド化などを図り、世界の目を「自地域」に引き付けることが重要です。その際、地域ではターゲット顧客の特性を考慮し、自地域が提供可能な旅のテーマを訴求していくことが必要です。今日の旅行者は、知的好奇心や自然、歴史、生活文化、食文化などへの関心が高く、その地域でしかできない体験を重視するなど、旅の動機が明確になっています。それに対応するかのように、ヘルスツーリズムやアドベンチャーツーリズム、スポーツツーリズム、エコツーリズム、ガストロノミーツーリズムなど、様々なツーリズムが出てきていますが、地域においては、大阪・関西万博で訪れる観光客に向けて自地域の魅力的な観光資源を○○ツーリズムといった文脈で提供することで、新たな魅力を訴求することが可能になります。そのために地域で行うべきことは、次の5点です。
1点目は、自地域の歴史、文化、自然、産業などの側面を踏まえ、どのような観光資源を有しているか、競合する地域との比較でどういった観光資源が強みとなり得るか、その観光資源は市場のトレンドやターゲットである観光客ニーズと合致するかを調査することです。これにより、自地域の観光資源の強みを理解し、どの層をターゲットとするかといった検討が可能になります。2点目は、地域の関係者と共に、強みとなる観光資源から連想されるイメージを出し合い、コンセプトを設定することです。これにより、観光資源が持つストーリーの構築に繋がります。3点目は、ストーリーと観光資源を踏まえ、実際の観光コースのプランニングを行うことです。この段階では、ターゲットである観光客にも実際にモニターツアーなどに参加してもらい、意見を聞きながら観光コースをブラッシュアップしていきます。4点目は、受入環境の整備です。新たなストーリーで訪日外国人観光客を誘致するためには、多言語、宗教、公衆衛生等への対応、Wi-Fi環境や二次交通の整備など、各種受入環境整備も併せて行う必要があります。そして5点目は、販売網の構築と情報発信です。ターゲットの特性により購買チャネルは異なりますが、訪日外国人へアプローチする際には、オンラインでの販売に加えて現地の旅行会社にも発信することが重要であり、それらのチャネルを通じた情報発信を行うことが必要になります。これら5点へ対応することで、万博を契機として新たな地域の魅力を訪日外国人観光客に伝えることが可能になり、より多様な地域が万博による観光のレガシー効果を享受することが可能になります。
<参考>
推計を行う上では、以下のような前提条件を設定しています。
- 観光消費額については、観光入込客数×観光消費単価で計算した。
- 観光入込客数については、国土交通省が調査を行っている『FF-Data(訪日外国人流動データ)』(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/sogoseisaku_soukou_fr_000022.html)の2019年版のデータを使用した。大阪・関西万博の開催期間中である第2・3四半期を抽出し、大阪府を発地(または着地)、47都道府県を着地(または発地)の実数値から比率を計算した。その際に発地と着地が大阪府の人数は推計に含めていない。
- 同比率から、大阪・関西万博の外国人来場者数300万人を都道府県別に按分した。大阪・関西万博に行った後に別の都道府県に移動する人数と、大阪・関西万博に行く前に別の都道府県に滞在していた人数を推計した。
- 外国人観光客の消費額単価については、2023年3月に発表された観光立国推進基本計画において、2025年までに訪日外国人旅行消費額単価を20万円とする目標が策定されており、この目標値を使用した。目標値20万円のうち半分(10万円)を大阪・関西万博に関連する消費、残りの半分を訪問前後の都道府県で使用すると仮定した。
- 10万円の構成比については、訪日外国人消費動向調査の2019年の結果を使用した。しかし県内移動のための交通費は県間移動の比重が大きいため、2019年の結果である10.5%を使用せず、その半分(5.25%)を交通費として使用した。
- 各費目を産業連関表に配分する際に、交通費は「運輸・郵便」と「対個人サービス」に半分ずつに分けた。買物代については6割を「飲食料品」、4割を「その他の製造工業製品」に分類した。宿泊費、飲食費と娯楽費サービス費とその他は「対個人サービス」にまとめた。商業マージンとして、買物代の30%を設定し、「商業」に分類した。同様に運輸マージンを4%と仮定し、「運輸・郵便」に振り分けた。ただし各県によって、産業連関表の分類が異なることもあり、適宜、区分を変えている。
- 生産誘発額を計算する際に、各都道府県の平成27年産業連関表(大分類)の逆行列係数表(開放型)を使用した。ただし、奈良県では2023年7月時点で平成27年産業連関表が公表されていないことから、平成23年産業連関表を使用した。
- 上記の観光消費額の計算については、本来ならば県単位の消費単価額を使用すべきであるが、全国の数値を使用した。この点は今後、地理的要素も考慮する必要があるが、作業の関係上、全国の結果を使用した。