持続可能な観光プログラム実施に向けて必要なこと
観光誘客で地域活性化を図ろうと全国様々に観光プログラム開発が行われています。しかしながら、開発するだけに留まり、持続的な販売に結びついている事例は決して多いとは言えません。本文では、地域における観光プログラムを持続可能とするために必要なことは何かを考察します。
橋本 竜暢 主任研究員
目次
1. 地域の観光プログラム強化の潮流
(1)コロナ禍やインバウンドの復活に伴う「量から質へ」
観光庁の調査では、企業における社員旅行の実施率は1994年には88.6%でした。まさに団体旅行全盛の時期です。全国の観光地には大型バスが走り、広い会場での宴会など地域や観光事業者は団体をもてなすための努力を進めてきました。しかしその後、インターネットの普及もあり個人が様々に情報を収集できる世の中になったことも相まって、旅行形態は団体型から個人型へとシフトしてきました。国内旅行に占めるパック・団体旅行の割合は年々低下しており、2020年には9割以上が個人旅行となっています。
現在は2020年からのコロナ禍による世界的な観光の停滞に収束が見え、全国の観光地には国内外から多くの観光客が戻ってきました。個人型旅行へのシフトに加え、コロナ禍を通じ、人々は旅行に対し健康志向やサステナビリティ志向、地域の人々との交流を求めるなど、ニーズやスタイルは多様化が進み、アドベンチャーツーリズムやヘルスツーリズムなど観光プログラムも、人々の価値観において選ばれる時代となりました。
言わば、観光は「目的」ではなく、自己を体現するための「手段」となっており、地域はそのニーズを満たしていくことが必要となっています。
(2)地域のオリジナリティ創出の必要性
観光プログラムを検討する時には、何かを新しく創るという発想ではなく、既存の地域資源を活用していくことが持続可能性を高めます。しかしながら、他地域との差別化については、「何を売りにすれば良いのか」「自分の地域には何もない」「そもそも観光地ではない」など、地域に住んでいる方々はその魅力を感じないことも多いでしょう。一方で、「自然が豊か」「温泉がある」「食べ物が美味しい」などについては、全国様々な地域で同じキーワードが魅力として発信され、見映えや認知度、ブランド力による競争が顕著になっています。よって、「食べ物」「温泉」「自然」が「どのように」魅力なのか、という地域のオリジナリティを際立たせることが必要であり、この整理は観光地間競争に参加しなくて済むための一歩となります。
事例として、環境省では国立公園における体験プログラムの検討において、地域の自然の成り立ちから、その自然を舞台に育まれてきた歴史・文化、それが脈々と継承され、現在の人々の営みにどう繋がっているかを理解することからスタートしています。これらの理解を深めることにより、旅行者に対しては、地域を表現する質が高まってきます。
2. 地域の観光をコーディネートする役割の重要性
(1)観光プログラムの実施体制における課題
観光プログラムの持続的な販売における課題ついては、主に、地方行政の課題、DMO組織など地域事業者の課題が挙げられます。一つ目の地方行政の課題としては、地域の観光におけるビジョンや方向性を見いだせておらず、施策等において地域事業者に理解を得られるような判断ができていない状況です。二つ目のDMO組織など地域事業者の課題については、観光プログラム開発から販売における実施主体者が明確になっていないという状況です。開発しても、とりまとめ牽引していく組織が明確になっていないことが要因となり、実装していかない事例が多くあります。
ここでは、二つ目の課題にスポットを当てて、観光プログラム実施主体者のあり方を考えていきます。ここで述べる「実施主体者」とは、観光プログラムにおいて、地域のオリジナリティとなるストーリーを踏まえた全体デザイン・関係者調整・品質管理などを実施する観光プログラムにおける全体統括事業者を指します。
実施主体者の機能としては、リーダーシップやマーケティングなど幅広くありますが、地域のストーリーをデザインし、その内容を宿泊施設や飲食店、アクティビティ事業者などのサービス提供事業者に丁寧に伝えていく活動がとくに重要です。サービス提供事業者がそのストーリーデザインを把握することは、チームとしてプログラムを運営するという機運や旅行者へのおもてなしのヒントにも繋がります。旅行者にとっては様々なコミュニケーションの中で、地域として受け入れてくれているという嬉しさを感じることもできます。実施主体者のこの活動により、観光プログラムを個別ではなく、面でのサービスに転換し、地域としてのオリジナリティを高めることができます。
(2)”編集”により高まる価値
① 旅行者自身による編集と、実施主体者による編集
フリープランと呼ばれる旅行者が自由に行動できる商品がある一方で、フル・ペンションプランと呼ばれる宿泊や食事、体験等がパッケージになっている商品が存在しますが、それぞれに旅行の価値を高めるメリットがあると言えます。フリープランでは旅行者が時間に縛られることなく、自身で事前に調べた場所や食などを自由に楽しむことができるでしょう。フル・ペンションプランでは自身での予約やコースの組み立てを検討することなく、その地域を楽しめるプランが準備されていることで安心して旅行することが可能であり、どちらも魅力的な旅行のスタイルです。
ここで事例を紹介します。次の写真は、Eバイクで大自然の中を走り、感動ポイントとなる絶景を、ゆったり椅子に座り、コーヒーを飲みながら堪能している場面です。
これは実施主体者がEバイクを準備し、地元の人しか知らないルートを走り、地元おすすめの絶景ポイントを案内、そのポイントに椅子とテーブル、コーヒーと地元のお菓子などを準備し、さらにはガイドが草原の野焼きをしている人のお話しもしつつコミュニケーションをとっています。これはフリープランでは得ることのできない体験価値です。一方で、同じ絶景ポイントにフリープランで来た場合には、時間に縛られることなく、自身で地元のスーパーで購入した食べ物や飲み物を準備し、同行者との写真や会話を楽しむこともできるでしょう。
つまり、フリープラン、フル・ペンションプランのいずれも旅行における体験価値はあるものの、「旅行者自身の編集」なのか、受け地側である「実施主体者の編集」なのか、その種類が異なることを意識しなければなりません。
② 観光地の体験を編集することの価値
実施主体者が体験を編集する価値について、先ほどの事例を当てはめてみると、まず旅行者に対しては、自身では掴むことのできない情報を提供することができ、より深く地域を知ってもらうことができます。さらにサイクリングコースで見た自然・田園風景やガイドが案内する内容と提供する飲食が紐づいていることなどは、プログラムにおける地域のストーリー性を高め、他地域との差別化を図ります。また、地域においては、地域内での滞在時間が延びることによって消費が促され、地域経済活性に繋がることはもちろん、その自然や歴史文化、人々の営みを旅行者に伝えていくことがシビックプライドの醸成に繋がり、地域の文化等を継承していこうという機運も高まります。
3. 実施主体者(編集者)に求められること
(1)地域を深く掘り起こす
地域での高い体験価値を創出していくには、まず自らが地域を深く、また俯瞰で見ることができるようになる必要があります。自然環境、歴史文化、人々の営みなどこれまでの流れを紐解くことで、現在に至っている地域の価値を感じることができます。それにより、特定の施設などの地域資源の価値のみならず、地域社会全体の繋がりも見えてくることもあるでしょう。各テーマにおける「説明」ではなく、地域における繋がりを踏まえた「解説」ができるようになることが望まれます。
(2)地域目線でのデザイン力
旅行者に伝えたい・感じて欲しい地域の価値とはなんなのか、どんな地域資源を活用すればそれが表現できるのか、地域内の誰の協力を得ることができればそれが達成できるのかを整理していく力が地域のオリジナリティの創出に繋がります。
(3)地域内での幅広いネットワーク構築とコミュニケーション創出
最も重要なポイントは人と人との繋がりです。上記における地域の深堀やデザインについては、地域内での様々な人々とのコミュニケーションが基盤となります。「農業ならあの人に相談」「昔の生活スタイルならあのおばあちゃんに聞く」のように、幅広い人間関係構築と地域でのコミュニケーションの場を創出し、さらには実施主体者自身が地域と繋がるだけでなく、地域の人と人を繋ぐハブ機能を果たせることも必要不可欠な能力です。
4. まとめ ~観光プログラムは「持続可能な体制づくり」から~
観光プログラムを持続的に提供し続けるには、関係者が地元の誇りを感じ、メリットを享受できる仕組みの中での「持続可能な体制」があることが大前提です。それぞれ立場の異なる関係者間で、どんな観光の在り方を望んでいるのか、地域に対する想い、収益性や旅行者数、プログラムへの関わり方など、まずは各々が描いている像を机上にあげ、整理し、関係者が同じ方向を目指すことが重要です。その議論を経て構築された体制基盤は、持続的な活動に繋がっていきます。
そして、これらの活動の中心となるのが実施主体者の皆さんです。自分たちの地域のありたい姿はどんなものなのかを議論し、地域関係者、そして地域全体をまとめていくことが、持続可能な観光プログラムの肝になると考えられます。