地域が宿泊税導入を目指すべき理由とは?
近年、観光振興の財源確保策として宿泊税導入の議論が全国各地で行われています。本稿では、実際に導入された福岡市の事例を見ながら、宿泊税に関する基本的な考え方や導入の必要性について解説します。
山下 真輝 主席研究員
目次
1. アフターコロナで新たな段階に入った観光立国政策
政府は2023年3月31日に観光立国推進基本計画を閣議決定し、アフターコロナの新たな観光立国のあり方を示しました。今回6年ぶりの改訂となった同計画では、観光立国の持続可能な形での復活を目指して、「数」ではなく「質」の向上を強調し人数に依存しない指標を中心に設定されるなど、観光立国政策が新たな段階に入ったことが示されています。同計画のインバウンド政策においては、インバウンド消費5兆円(2019年実績4.8兆円)、一人あたり旅行消費額20万円(同15.9万円)など、早期達成を目指す目標が設定されましたが、訪日外国人旅行者数や消費額が2019年水準を超えるのは、大阪・関西万博が開催される2025年と設定されました。
2023年5月に新型コロナの感染症法上の分類が5類に引き下げられて以降、サービス産業活動は正常化に向かっています。2023年の訪日外国人旅行者数は2,507万人で、コロナ前水準の約8割まで回復し、中国を除く8か国・地域が年間で過去最高を記録すなどコロナ禍からのV字回復を遂げました。さらには、訪日外国人旅行消費額が2019年比9.9%増の5兆2,923億円、かつ一人当たり旅行消費額も21.2万円となり、2025年に設定していた目標を2023年に達成しました。2019年と比べて人数は少ないものの、旅行消費額が増加するという理想的な結果となったといえます。一人当たりの旅行消費額の内訳をみると、2019年より宿泊費が5.2%増となっていることが特徴で、長年課題となっていた宿泊料金の単価アップが図られていることがうかがわれます。
その一方で、京都や鎌倉では再びオーバーツーリズムが課題となっています。九州では由布院温泉に韓国を中心とした日帰りの外国人旅行者が急増し、トイレ不足やゴミ問題などの課題が浮彫になるなど、持続可能な観光地域づくりにむけた対策は急務となっています。
2. 直面する観光振興のための財源問題
外国人旅行者数および消費額のV字回復は、地方都市における観光振興への取組の強化の機運を高めていきましたが、ここで大きな課題となるのが財源です。全国に約1,800の自治体がありますが、そのほとんどが財政力の弱い市町村です。地方の財源不足は、税収の落ち込みや減税などにより、平成6年度以降急激に拡大しており、令和5年度においても、高齢化に伴う社会保障関係費の自然増などにより、全体的に2.0兆円の財源不足が生じています。ほとんどの自治体は地方税収による自主財源のみで賄うことができない状態で、国による地方交付税により一定の水準で維持されているのが実態です。多くの市町村は、自主財源は3割~4割程度ですので、歳入の大半が地方交付税などの依存財源ということになります。
自治体の自主財源となるものは、住民税や固定資産税が主なものです。定住人口が増え、住居や建物が建てられ、土地の価値が上がることにより、自治体の自主財源は増えることになります。しかしながら、自主財源が増えても自治体の財源全体が増えないという実態があります。仮に自治体の努力により定住人口増加や企業誘致などにも成功し、自主財源が増加しても、地方交付税の算定基準となっている「基準財政需要額」の一定水準で財政規模が維持されるため、国からの地方交付税が減額される仕組みになっています。ちなみに、この基準財政需要額とは、自治体がどの地域に住む国民も一定の行政サービスを提供できるように財源を保障するものです。
観光振興は、地域経済の活性化にとって重要な施策であることは間違いないですが、様々な財政的課題を抱えている中で、観光予算を増額させることは難しいというのが自治体の実態です。観光客の増加により旅行者消費額が拡大することで地域の雇用創出につながり、結果的には定住人口の増加にもつながりますが、観光振興によってホテルや観光施設の誘致などが行われ、さらに企業誘致にもつながれば、住民税や固定資産税などの自主財源が増加します。しかしながらその分の地方交付税が減額されることになり、結果的には自治体の財政は豊かにならないのです。このような背景から財源不足に直面する自治体においては、観光振興に充てる財源には限界があり、観光振興予算を大きく増額させることは難しいのが実態ではないでしょうか。
そこで地方自治体の財政力を向上させるための施策として注目されるのが、2000年4月の地方税法改正により新設された「法定外新税」です。これは、先に述べました「基準財政需要額」に積算されませんので、純粋に自治体の財源増加に寄与するものとなり、特に使途を特定しない「法定外普通税」と、あらかじめ使途が特定されている「法定外目的税」があります。昨今議論が活発になっている宿泊税は、観光振興目的にそのまま活用される法定外目的税であり、観光振興予算を直接増加させるものとなります。法定外新税には様々なものがあり、特徴的なものとしては、福岡県太宰府市の交通渋滞対策のために駐車料金に課税される「歴史と文化の環境税(法定外普通税)」や岐阜県の乗鞍地域の自然環境保全を目的として乗鞍鶴ヶ池駐車場の料金に課税される「乗鞍環境保全税(法定外目的税)」などがあります。観光予算確保には、宿泊税が全てではないですが、法定外新税を導入するにあたっては、「公平」「中立」「簡素」という「税の三原則」を踏まえる必要があります。宿泊税については、宿泊者から公平に負担を求めることができ、宿泊料金に合わせて一定の負担を求めるということで、簡素かつ中立性の高い税金と言えます。
3. 宿泊税の基本的な考え方
地方税法改正後に最初に宿泊税を導入したのが東京都であり、2002年に宿泊税条例を施行させています。その後なかなか宿泊税導入の議論は進みませんでしたが、東京都導入から15年後の2017年に大阪府が導入を実現した以降は、訪日外国人旅行者の誘致強化やMICE振興の財源確保にむけて2020年までに8自治体が導入を実現させています。一方で、宿泊税導入ではなく、入湯税の引き上げに踏み切った自治体もあります。温泉地については、従来から入湯税を徴収していますが、その財源の使途についても議論があることから、宿泊税の導入に消極的な地域が多くあるのも実態です。
2023年に新型コロナが沈静化し国内外からの観光客が増加する中、全国の都道府県及び市町村で宿泊税の導入にむけた動きが活発化しており、検討委員会が発足しています。直近では、中部国際空港が位置する愛知県常滑市が、東海3県初の導入を決定したと発表しました。
2020年に宿泊税導入を開始した福岡県北九州市では、導入前は市内の宿泊施設などから、「宿泊税導入が観光客数の減少を招くのではないか」と懸念の声があがりました。しかし、約4億円の税収が見込まれ、市はその収入を観光の魅力アップや受入環境整備に活用。新三大夜景に選ばれた北九州市の夜景を更に引き立てたり、4か国語の案内板を設置したりするなど取り組みを行いました。結果的に観光客数の増加につなげることができています。昨年導入を開始した長崎市では、約3.7億円の税収が見込まれ、税収の6割を観光地域づくり法人(DMO)の財源とし、データ分析などの強化や来訪者のサービス向上につなげる施策を実施するとしています。従来の観光財源に宿泊税が加わることにより、数億円単位で財源が増加し、受入体制整備、情報発信の強化、観光協会等の観光推進組織の体制強化などが図られ、観光地の競争力強化につながっています。
宿泊税の導入には、最終的には総務大臣の認可が必要となりますが、まずは宿泊税の特別徴収義務者となる宿泊事業者に対して導入の意義や制度への理解が図られた上で、住民への説明を丁寧に行い、その地域の実情を踏まえた宿泊税制度を検討した上で、議会で宿泊税条例を可決・成立させる必要があります。地域住民や事業者全員が理解し賛同することが望ましいですが、地域の合意形成は現実的には難しい場合があります。しかし、宿泊税導入により財源を確保した観光地と、そうではない観光地とでは、今後大きな差が生まれる可能性があります。
4. 福岡市の導入事例
筆者は、令和2年(2020年)に宿泊税導入を開始した福岡市の宿泊税調査検討委員会の委員として、その制度設計に関わってきました。当時は福岡県も導入を検討しており、県と市が同時に宿泊税を導入するという前例がなかったということもあり、福岡県・福岡市間での調整が難航していましたが、結果的にはその後のモデルとなる先進的な制度となりました。市内ホテルや民泊などの宿泊者からは、宿泊費2万円以下は200円(うち県税50円)、2万円以上からは500円(うち県税は50円)徴収することとなり、福岡市と同時に導入した北九州市においては、一律200円(うち県税50円)のみとし、宿泊税が導入されていない他の市町村においては、福岡県が一律200円徴収しますが、税収の半分ずつ、県主体の事業と市町村主体事業として分けるという制度となりました。昨今、都道府県と市町村が同時に宿泊税の検討が始まっていますが、宿泊者に対して二重課税にならないような制度を設計すべきと考えています。
また、福岡市における入湯税に関しては、導入前は宿泊150円、日帰り50円となっていましたが、導入後は宿泊・日帰り問わず50円となりました。全国的な議論の中で、宿泊税導入後は、入湯税は廃止してもいいのではないかとの声もありますが、温泉管理に関しては別途経費もかかることもあり、入湯税は減額しても残すべきと考えています。
宿泊税導入にあたっては、市内の宿泊事業者の理解が極めて重要です。福岡市では制度の具体的な検討に際し、宿泊事業者へのアンケートが実施され、どのようなことに不安を抱えているかを調査しています。アンケートの結果、宿泊税の導入により、宿泊者数などへの影響があるのではないかとの懸念を持つ事業者が一定数いることが分かりました。そこで、宿泊事業者向けの説明会において、導入後は宿泊税がインバウンドの誘致やMICE振興の強化などに活用され、全体的な宿泊需要の拡大や平日の需要喚起、年間の平準化につながるなど、導入の意義や宿泊施設にとってのメリットを丁寧に説明していくことで、事業者の理解を得ていきました。
福岡市の場合は、市議会により取り組むべき観光施策やその財源として宿泊税導入を賦課することを定めた福岡市観光振興条例が可決され、その後に福岡市にて制度設計を行うという流れでしたが、市議会の超党派による賛成多数で可決した背景には、議員の方々への丁寧な説明や勉強会の実施などもありました。宿泊税を活用してインフラが整備されることは、地域住民にとってもメリットがあり、かつ福岡市の国際競争力が高まることは、九州全体にとっても意義があることであるということが、市議会の中での理解された結果でした。さらには、市内に全戸配布される「福岡市政だより」での宿泊税特集や地元メディアを通じた宿泊税導入目的の理解促進にむけた発信など、市民に広く理解してもらう活動が強化されました。
宿泊施設は、地域の税収を増加させるための重要な役割を果たすことになりますので、特別納税義務者となる宿泊事業者に対しては、各種支援策を用意する必要があります。宿泊事業者は、宿泊者から宿泊税を徴収した後に自治体に申告納入しますが、その事務手続きに対して、宿泊税報償金が支払われます。福岡市の場合は、申告納入された宿泊税額の2.5%となっており、導入された令和2年から6年までの間は、最大3.5%となっています。(1施設200万円が上限)今後はDX化による宿泊施設運営の効率化や昨今課題となっている従業員不足対策にむけた採用支援など、宿泊施設の課題解決にむけた施策も検討していく必要があります。
そして、導入後に最も重要なのは、宿泊税が、どのように活用されたかを広く周知し、継続的に宿泊税の必要性について、宿泊事業者のみならず宿泊事業者や住民に理解していただくことです。福岡市に限らず、宿泊税を導入している自治体では、様々な方法でその活用内容について情報発信を行っています。福岡市では、導入から3年経過後に設置され、筆者が委員長を務めた「福岡市観光振興条例の施行状況に関する検討委員会」が設置され、宿泊税を財源とした事業の実施状況が検証されました。また、宿泊事業者を対象としたアンケートを実施し、宿泊導入後の宿泊施設の実態を把握するとともに、各種施策の理解につなげる取り組みを行いました。
韓国などアジア諸国からの外国人旅行者が急増し、国際会議や世界水泳などの国際スポーツ大会など、各種イベントが次々と開催される福岡市の2022年度の宿泊税の税収は19億円に達しています。中規模都市でも3~4億円の税収が見込めることから、宿泊税導入が観光振興を飛躍的に推進する原動力になるのは明らかです。
5. 宿泊税導入にむけた課題解決の方向性
宿泊税導入に関連する課題は主に四点考えられます。
一点目は、宿泊事業者の合意形成の難しさです。多くの宿泊事業者が宿泊税導入を懸念し、その結果、議論が進まないことが多々あります。宿泊税導入が宿泊料金の値上げとなり、旅行者から敬遠されるのではないかという声が根強くありますが、導入後の実態を見る限り、宿泊税導入により宿泊者数が減少するという現象は起きていません。通常のオンライン予約の場合、宿泊税はチェックイン時に支払うのが一般的で、予約段階で宿泊税が加算された金額で表示されるわけではありません。ダイナミックパッケージの場合は、旅行代金に含まれるため、宿泊税は旅行会社から収受することになります。
二点目は宿泊税の透明性についての懸念です。宿泊税が効果的に使われるのか疑問が残るという声もよく聞きます。財源の活用については、透明性が不可欠です。観光振興組織を観光地域づくり法人(DMO)として組織強化し、データ分析や効果的なマーケティングに実践や年間の需要の平準化に努めるなど、常に財源を活用した施策の費用対効果を明らかにしなければなりません。
三点目は、課税対象となる宿泊者の範囲です。数千円の安宿や地元住民、教育旅行からも宿泊税を徴取するのかという問題もあります。これについては、地域の判断次第です。免税店や課税免除を設けると、結果的に宿泊事業者の手間が増える可能性があります。教育旅行誘致については、別途インセンティブを設けたり、地元住民が地域内の宿泊施設を利用した際は、SNSなどで地域の魅力を発信すると補助が出たりする別の施策を検討することも考えられます。
四点目は、宿泊税の周知と理解です。来訪者に対し、宿泊税の周知を自治体として徹底していく必要があります。多くの宿泊事業者から、「来訪者から宿泊税徴収の理解が得られず、結果として宿泊施設側が負担することになるのでは」との懸念の声もありますが、福岡市が導入から3年経過した段階での宿泊事業者を対象に実施したアンケートでは、宿泊税に関する宿泊客の反応について、「改めて説明することは少ない」「説明を行えば、概ね理解してもらえることが多い」が、全体の89%となりました。「説明を行うが、理解してもらえないことが多い」が7%ありますが、これについては、丁寧に実態を調査し、宿泊事業者の課題を解決していく必要があります。
これまで述べてきた通り、アフターコロナで新たな段階に入った観光立国推進ですが、観光振興予算が増やせない自治体の実態を踏まえると、宿泊税導入は不可欠だと言えます。その導入にむけては、多くのハードルがありますが、次世代の将来のために、それらを乗り越えられるか、今問われているのではないでしょうか。