アフター・コロナの国際線展開~LCC躍進の背景に迫る~
全国の国際線座席数は、19年冬期と比較し23年夏期では71%の水準まで回復。特に福岡、東京で大きな増加を見せています。回復の背景には、LCCの躍進があります。アフターコロナにおける国際的な移動に関し、LCCはどのような役割を果たしていくのでしょうか。本コラムでは、LCC躍進の背景や今後の展開について考えます。
野村 尚司 客員研究員
目次
コロナ禍により、市場環境は一変!
コロナ禍による一時的な上昇は見られるものの、世界的に、航空運賃単価は長期的な下落傾向にあります。そこで市場のニーズにマッチさせるため運営費用を大幅に見直し低運賃を提供するLCCが登場したのはご存じの方も多いと思います。独立系のみならず航空大手でもグループ内にLCC事業を立ち上げ、その規模を拡大させることで、市場セグメントにマッチさせた事業ポートフォリオを構築し、収入と利益の拡大にまい進してきました。
コロナ禍ではオンライン会議が定着するなどで、高単価の業務旅行の需要は減少・停滞しました。危機感を持った航空各社は、他の市場セグメントからの収入確保が必要となりました。その柱となるのが、レジャー・VFR( Visit Friends and Relatives :親族・友人訪問)市場です。そうした航空券購入は私的な出費によるものであり、安価な価格設定が求められています。そこで低運賃を武器としたLCC事業の拡大に拍車がかかったのです。
新型コロナ禍で航空旅客数は大幅な減少を示しました。これは国際線で顕著にみられています。その後、特に2022年以降に訪日市場が先行して増加を示し、運休路線の復便並びに機材の大型化などで国際線の供給量が増加を示しました。日本発国際線の週間座席数について、コロナ禍前から直近、具体的には2019年冬期スケジュールより23年夏期スケジュールまでの期間でその推移を見ていきましょう。
全国計では、19年冬期を基準とすると翌20年夏期は4%へと激減し、発着する空港は東京、関空、福岡のみとなっています。その後は緩慢に増加し22年冬期になって40%へ到達。その後、23年夏期に至る1年間で71%までの回復を見せました。国内出発地区別では、九州地方が84%、東京地区が80%まで回復している一方、関東地区(茨城空港)が20%、東北地区で30%、中部地区で32%と低迷を見せました。九州地区が全国平均%を13%ポイントも上回ったのは福岡空港への復便が集中的に行われたことで九州地区の合計を押し上げたことによります。(表1参照)
目的地方面別の変化では、19年夏期に最多の座席数を誇った中国線が23年夏期では29%(80,214席)と低い水準に留まっています。他方、2位の韓国は122%(200,487席)へと大幅な増加を示しています。他のボリュームゾーンとなる台湾・香港・その他アジアは73~75%と全体平均の71%を上回るなど堅調さを見せていて、また太平洋(北米)方面は109%と好調な結果となりました。
コロナ禍により航空貨物需要の急増と運航便の変化
コロナ禍環境で特に東京に運航便が集中しました。これは厳格な検疫管理を行う必要性から、主要空港に運航を集約させ、さらに旺盛な航空貨物の需要が存在したことによります。コロナ禍の影響がピークを迎えた20~21年段階で港湾施設における通関処理能力低下による滞貨が発生しました。また、世界的な「巣ごもり消費」の高まりによりスマートフォンやPCなどの需要が急拡大しました。外出制限などの社会的な要請もあり、そうした情報通信機器の増産が急拡大した結果、基幹部品となる半導体などの需要が高まりました。加えてこうした部品をアセンブリー(組み立て)拠点へ輸送するのみならず、完成品を市場国へ配送する時間をできるだけ短縮することが求められ、国際航空貨物輸送の需要がかつてない高まりを見せたのです。
貨物専用機による輸送に加え、旅客機のベリー(床下の貨物スペース)を利用した貨物輸送にも注目が集まりました。低い旅客搭乗率にもかかわらず一定数の旅客定期便運航が継続したのはこうした背景によります。加えて、旅客機が旅客を乗せない状態で貨物室だけを使用した事実上の貨物機として運用する手法も広く実施されるに至りました。さらに搭載能力を高める苦肉の策として、客席の座席を取り外して貨物搭載スペースを確保、また座席を装着した状態で貨物の搭載をするといった緊急避難的な輸送形態まで出現するに至りました。
アフター・コロナ環境ではLCCのシェアが拡大
LCCの展開を見てみましょう。
全国計で19年夏期時点におけるLCCシェアは23%だったものが、20年夏期では4%へと低下しています。その後、大きな変化はなく、22年夏期より増加し、23年夏期では31%を占めるまでに急回復をみせています。(表3参照)
コロナ禍では、まずLCCの運休・減便を実施しました。その後、FSCの運休・減便が続いたものの、必要最小限となる輸送の確保を維持しています。22年以降、旅客需要が急回復を見せ始めると、FSC・LCC共に輸送力を拡大させました。
日韓線での韓国企業の事例をご紹介します。現在、韓国では大韓航空とアシアナ航空の航空大手2社による統合プロセスが進展中で、実現すれば巨大な航空グループが出現することとなります。両社ではFSCとLCCを兼営しておりその合算値で、LCC事業のシェアは19年冬期段階で26%でした。コロナ禍の影響が強く出た21年夏期にはゼロまで低下したものの、運航再開後は、23年夏期には51%へと急拡大を示しています。(表4参照)
LCC事業拡大を行う理由とは何か
今回のコロナ禍では、新規機材の受領延期、旧型機材退役の前倒し、未使用機材の長期保存など稼働させる機材の削減や、職員の解雇、一時帰休や配置転換など労働力の削減など徹底的な合理化を実施しました。
航空企業経営の特徴として、操縦士や整備士など高度な知識・技量を有する資格保持者の確保も見逃せません。コロナ禍前の状況では世界的な操縦士不足の懸念がありました。一転、コロナ禍では供給過多の状況に陥り、操縦士は乗務時間の減少による収入の低下や、操縦士資格維持のための乗務経験の不足などの状況に直面しました。需要が戻ってきたときに機材、乗務員、地上職員、空港諸設備が無ければ、航空企業は航空輸送が叶わず、需要に対応できません。またその後の成長可能性を制限させてしまう危険性もあります。つまり、状況の変化に応じ即応できる事業経営の柔軟さが求められているのです。
こうしたボラティリティの高い(変動幅が大きい)状況下で、徹底した費用の削減のみならず、運航面では比較的に労働条件が良くまた労働組合など被雇用者側の発言力が強いFSCを柱に最低限必要な輸送を行わせ、倒産や運航停止などの事態を回避しました。さらに前述のパイロットの操縦技量維持に必要となる一定期間内の操縦経験を満たすためでもあります。その後旅客需要の増加が見込める回復期の段階でLCCはFSCを上回るペースで座席供給を実施しています。
つまりLCCは、状況に即した機動的な機能である「調整弁」としての役割を担っていると見做すこともできるのではないでしょうか。今回見られた運航体制は、コロナ禍の環境から脱出したいわば「平時」を念頭に置いた「リスク分散」としてFSC・LCCの機能を活用した、とも言えそうです。
今後は中長距離路線を運航するハイブリッドLCCが拡大へ
コロナ禍後、航空券単価は上昇しました。急回復を見せた需要と比較して、機材の再稼働や空港サイドでの運営体制整備が遅れたからです。しかし今後は復便が進み、航空券価格は下落を見せることになるでしょう。
LCCの定着は近距離路線が先行しました。その利用者が増加に伴い中長距離でもLCC利用のハードルは下がります。
最近では中長距離LCC定着に向けた動きが活発化してきました。日系航空大手で手掛けるLCC事業のZIPAIR TokyoやAir Japanなどがその典型です。短距離LCCと比較し座席の余裕を持たせ、機内食、受託手荷物などの付加サービスは必要に応じて購入する仕組みを導入しています。こうした快適性を追求しつつも無駄のない移動を実現させる、いわゆるハイブリッドLCCの定着も今後は進んでいくのではないでしょうか。
*すべての図表の出所:週刊トラベルジャーナル「航空座席調査」(2019年冬期-2023年夏期実施分より筆者作成)