クロス・ツーリズム ロゴ ツーリズム有識者ディスカッション “Tourism×リアルの価値”
~急速なオンライン化やデジタル化が進む社会での、「リアルの価値」と旅行のあり方を考える~

旅行における「リアルの価値」とは?
コロナ禍の影響もあり、ここ数年間に急速にオンライン化が進み、オンライン会議やインターネットでの買い物などもあたりまえのことになりました。一方で、自分にとって大切にしたい人やコトとの関係性はリアルな実体験として持っていたい、という意識も高まってきたように感じます。急速なオンライン化やデジタル化は、旅行のあり方にどのような影響を与えるのでしょうか。様々なツーリズムの知見を持つ有識者との対話の中で、改めて旅行における「リアルの価値」について考えます。

宮崎 沙弥

宮崎 沙弥 研究員

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目次

ディスカッションメンバー

小林 裕和:國學院大學観光まちづくり学部 教授、博士(観光学)
専門は観光マーケティング、観光DX、DMO、DMC、持続可能性。観光庁観光DX事業有識者など。近著に「地域旅行ビジネス論」(単著)、週刊トラベルジャーナル・コラム、訪日インバウンドウェブメディア「やまとごころ.jp」などに連載記事執筆。

守屋 邦彦:跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部 准教授
民間、公益財団の研究所研究員を経て、2023年より現職。専門は、観光政策、観光地マネジメント、ビジネスツーリズム(MICE、ワーケーション等)。

眞野 邦生:株式会社JTBパブリッシング るるぶ情報版 編集長
情報メディアであるるるぶKids編集長やJR東日本への出向などの経験から、インターネットによる情報発信や旅行者の移動ニーズなどに関する幅広い知見を持つ

中根 裕:株式会社JTB総合研究所 主席研究員
観光の視点から地域の活性化とマーケットの両面を見据えた計画立案と事業化戦略策定に取り組む。課題発見から計画、事業化、事業継続までの包括的視点に立ったプロジェクトコーディネーター

モデレーター

宮崎 沙弥:株式会社JTB総合研究所 研究員
生活者の意識や行動変化をリサーチ・分析し、旅行にもたらされる変化等をテーマにした調査・研究に取り組む

旅行における「リアルの価値」とは、自分自身が持つ「期待感」と現実に体験したこととのギャップ、「余白」や「偶発的なできごとや出会い」

宮崎: ここ数年のコロナ禍で、会いたくても会えない、出かけたくても出かけられない、といったことが続き、実際に現地に行って話をしたり、体験したりすることの価値が上がっているような気がします。旅行における「リアルの価値」とは、どのようなことだと思いますか?

中根: いわゆる「臨場感」というか、人であれ町であれ山であれ、実際に対峙することの価値、五感を通じて感じるものではないか。自分自身が知識として知っている範囲での「期待感」と実際に体験したときのギャップに感動するのが、旅行の醍醐味。

眞野: 旅行として考えると、距離感やサイズ感、空気感といったものはリアルな体験でないと感じにくい。ガイドブックで見て想像していた大仏が、実際に行ってみたら「あれ、こんなに小さかったの?」といったことはよくある。

 
小林: 国際会議などでも、一時期はコロナ禍でオンライン会議が流行ったが、やはりリアルに回帰してきている。会議の時間だけでなく、隙間時間の雑談などが大切であることが再認識された。言ってみれば、「余白」や「偶発的なできごとや出会い」が重要ということ。
 
中根: 旅行に行って、その土地に生活をしているおじいちゃんおばあちゃんにお茶をもらって道を教えてもらった、などもまさにそう。テレビで人気の「バス旅」、「歩き旅」といった番組は、一般の人と出会うという接点の体験。

小林: 本屋さんとオンライン書店の関係性にも似ている。知らない本との出会いがあったりついでに探していたものとは違う本を見つけたり、といった「余白」、「偶然的な出会い」が本屋にはある。そういうところの良さは今の時代、知らないうちにそぎ落とされてしまっている。目的を明確にして行動すればするほど、目的以外のことを見過ごしてしまいがちになる。

 
眞野: 「弱いつながり」という本では、旅に関し以下のように論じられている
「かけがえのない個人」など存在しない。私たちは考え方も欲望も今いる環境に規定され、ネットの検索ワードさえグーグルに予測されている。それでも、たった一度の人生をかけがえのないものにしたいならば、新しい検索ワードを探すしかない。それを可能にするのが身体の移動であり、旅であり、弱いつながりだ」(東 浩紀、幻冬舎2016)
身体的な移動は、良くも悪くも「偶発的な出会い」と不可分。ポジティブな動機に満ちた旅行を通じ、フィルターバブルを“即興的に”そして“身体的に”乗り越えることが、新たな世界(自分)の発見につながる。それこそが、旅行における「リアルの価値」ではないか。

コロナ禍で失われた子ども時代のリアル体験と、旅の相対的な価値の減少

 
宮崎: 今は、オンライン化やコロナ禍で、実際に体験する機会が減っているということでしょうか?

守屋: ある程度の旅行経験がある人は、リアルに旅をすることの価値を実感していると思う。一方で、現役の大学生たちと話をしている中で感じるのは、コロナ禍の影響もあり、多くの若い世代は価値を実感する機会そのものが与えられていない気がしている。

 
眞野: 子どもの脳の発達の原動力となり、将来の可能性を広げていくのに欠かせないのは「知的好奇心」であると言われる。脳科学的にいうと、知的好奇心を育むためには、リアルとバーチャルの往復が有用であるという。例えば、家にある図鑑を見て子どもが動物に興味を持ったら動物園に出かけ、家に戻って図鑑で復習する、といった積み重ねが大事。今は、バーチャルだけで完結することが多くなっているのかもしれない。
 
小林: 余暇の過ごし方も多様化していて、以前は、例えば10の楽しみのうちの1つに旅行があったが、現在は、もっと多くある中の1つにすぎなくなっている。
学生を演習で地方に連れていくと、行く前はあまり乗り気ではないものの、実際に行ってみるとよかった、という声も多い。旅行は、実際に体験してみないと価値に気づけないというところが、他の消費と異なる点だ。
 
守屋: オンラインで代替えできるからリアルは不要、ということではなく、そもそも体験をしていないために価値を認識できていない。子どものころからの底上げがある程度は必要。最初のチャンスは家族旅行、次が卒業旅行、その次が就職した後のビジネス旅行や、結婚の際の新婚旅行などだが、いずれの機会もコロナ禍やオンライン化で減ってしまった。
 
中根: フランスなどでは、以前からバカンス法などの制定によって、旅行が推奨されている。日本でも、テレワークなど柔軟な働き方ができるようになっていることもあり、授業をオンラインで参加できるようにするなど、旅行をしやすい環境づくりも重要ではないか。

リアルの意味の変化に対応し、旅行の価値を上げる

 
宮崎: 旅行の価値に気づいていない人たちに、旅行へ出かけてもらうためにはどうしたらよいのでしょうか?
 
眞野: マーケティング的にいうと、趣味嗜好が細分化し、百人百様ではなく、1人百様になっている。同じ人でもその時々の状況で好みが変化し、ターゲットとすべき対象も、その時々で組み換えが起こる。
誰かのリアルを、ある程度の規模で見つけようとすると、誰のリアルでもなくなってしまう。最大公約数が見つけにくい時代だ。一方で、個々のニーズに対応しようとすると、旧来の方法論ではマネタイズできないという問題も出てくる。
ある素材に特別な興味がある人を集めるのではなく、ありふれた素材でも、前後の文脈や自らのスタンス次第で様々な楽しみ方ができるんだよ、ということを伝えることが有効かもしれない。
 
守屋: 地域で観光に関わっている人は旅行に価値があるとわかっているが、価値を感じられるだけの経験がないという人も多くいる。このギャップを埋めていくことも必要だと思われる。子どものころからの経験を促す啓蒙も大切ではないか。
 
小林: 新しい感染症や異常気象による災害、国際情勢の悪化など不確実な社会環境の中で、「失敗したくない」という意識も強まっている。旅行でも完全に日常から離れた「非日常」ではなく、日常から逸脱しすぎない(不安を感じない)範囲でのわくわく感が求められているのかもしれない。
 
中根: 旅行経験が少ない若い世代が旅行をしやすいよう、旅行することで旅行先のためになる、貢献できるなど、役割や意味づけをする(旅行先の清掃などのボランティア活動、労働の提供など)ことも大事な観点ではないか。

 

 

 

ディスカッションを経て、私たちが考えること

個人の趣味・嗜好が多岐にわたる中で、人に与えられた時間は変わらず24時間365日です。そんな中で、旅行は、予約などの準備期間も含めると時間を取られてお金もある程度かかる、不利な状況にあるものと言っても過言ではありません。それでも、人が旅行に出掛けるのはなぜなのでしょうか?
 ディスカッションをする前は、旅行における「リアルの価値」とは、その場の空気を五感で感じられることだけだと思っていました。ただ、そこには、その空気を感じ取れるだけの「余白」、その場にいることで初めて感じ取れる「偶発的な出会いがあること」も重要であることがわかりました。それこそが「リアルの価値」であり、人が旅行に出掛けることの根本なのではないかと思います。
 多くの人にとって、旅行をもっと身近に感じてもらうためにできること、価値を気付いてもらえるためにできることを、これからも探し続けていきたいと思います。