クロス・ツーリズム ロゴ “Tourism×空間経済学” 宇宙から把握する観光:経済学における新しいデータ利用について

空間経済学とは、経済が活発な地域や過疎化している地域など、経済活動の地域間の分布や違い、その背後にある経済学的メカニズムについて調べる学問です。近年様々な新しいデータがこの空間経済学の分野では注目されています。それはなんでしょうか?

中島 賢太郎

中島 賢太郎 一橋大学イノベーション研究センター教授

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目次

(1)空間経済学で扱う様々なデータ

私は経済学者で、特にその中でも空間経済学と呼ばれる分野を専門にしています。経済活動の特徴は地域によって大きく異なっており、東京のように様々な経済活動が集まっている場所もあれば、過疎化が進む地方のように、経済活動が失われている地域もあります。空間経済学は、こういった経済活動の地域間の分布や違い、その背後にある経済学的メカニズムについて調べる学問です。私はその中でも特にデータを使った研究を中心に行っているのですが、近年様々な新しいデータがこの空間経済学の分野では使われるようになっています。

例えば、コロナ禍で話題になったスマートフォンGPSデータは、人流を非常に細かい空間単位と時間単位で把握することのできるデータです。私自身も、このスマートフォンGPSデータを用いて、コロナ禍における都心の消費活動の落ち込みなどを分析しています。他にも、クレジットカードの利用データや、スーパーマーケットなどの販売時点情報管理データ、いわゆるPOSデータなど、消費行動が詳細にわかるようなデータも近年、空間経済学、あるいは経済学全体における研究利用が広がっています。

このような新しいデータは、例えば政府統計のようなこれまで多くの研究者が使ってきたデータでは取得できないような情報を速報性高く提供してくれるため、政策評価を行う上でとても有用です。例えばコロナ禍において、刻一刻と変わる状況の中で政策判断を行う上で、現状把握のために調査から集計、公表まで時間のかかる政府統計を待つことは現実的ではないでしょう。このような場面において、速報性の高い新しいデータの価値が際立ちました。長期的な傾向を捉え、信頼性が高く体系的なデータを提供するという点で重要な政府統計では捉えられない情報を新しいデータが補完してくれるというわけです。

また、このようなデータは観光について分析する上でもとても有用です。例えば先ほど取り上げた、スマートフォンGPSデータは人流を精度良く捉えることができるデータですので、例えばどのようなスポットに人流が多くあるのかなどを把握することが可能です。実際、既に観光客の分析にスマートフォンGPSデータの人流データを用いた研究は多く見られるようになってきています。あるいは、クレジットカードの利用データによって、観光客が滞在先でどのような購買行動を行っているのかについて検証した研究なども行われています。このように空間経済学、経済学の分野で近年活用が広がる新しいデータは観光について分析する上でもとても有用なデータなのです。

実は、空間経済学の分野でもう一つ非常によく使われるデータがあります。それは衛星画像データです。衛星によって撮影された夜の地球の画像を見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。画像には国境線などは引かれていないにもかかわらず、光によって日本やアメリカなどの国の形が浮かび上がっています。これは、経済活動と夜の明るさとの間に強い関係があるからです。経済活動の盛んなエリアでは、街灯や商店等の人工的な明かりによって夜も強く輝くわけです。この特徴を使って、夜の明るさから地域の経済活動の大きさを把握し、様々な経済分析が行われるようになってきています。例えば、コロナ禍における夜間光量の減少、特にそれが飲食店の営業時間短縮によって、繁華街で大きかったことなどが衛星画像の夜間光量データから示されています。このようなデータは、政府統計が充実する先進国においても、公式統計では捉えられない情報を補完的に、速報性高く提供してくれるという意味で重要ですが、データに乏しい発展途上国の経済活動を地理的に細かく理解する上で必須のデータとして、さまざまな研究で活用されています。

そして近年は、衛星画像のデータは夜間光量だけでなく、昼間に撮影された画像の利用も進んでいます。昼間の衛星画像は現在高解像度化が進み、現在、商業的に利用可能な最も高解像度の衛星は、0.5メートルの空間分解能(解像度)を持っています。これは撮影された画像の1ピクセル間の距離が0.5メートルに対応しているということであり、この空間分解能があれば、自動車などの数メートルの大きさの物体を識別することができます。これと機械学習の組み合わせによって、地上の様々な物体を認識することができ、これによって研究の可能性が現在大きく広がっています。

我々は、この昼間の衛星画像から人流を通じた経済活動を把握したデータを活用し、それを観光関連政策の評価につなげる研究を行っています。具体的には、道路上を走行する車の台数で、人流を通じた地域の経済活動を把握し、それによって観光関連施策の効果を分析するというものです。道路上を走行する車の台数は、そのエリアにおける人流を表していると考えることができます。もちろん高速道路のような大きな道路の場合、ある地点を通過する車は他の目的地に行くために、その地域を単に通過しているだけであり、その地域になにか用があるわけではないかもしれません。しかし、よりローカルで小さな道路を走行する車は、何かしら周辺に用があってそのエリアを走行している可能性が高く、その地域の経済活動と密接な関係性があると考えても良さそうです。そのように考えると、道路上の車の台数は人流を通じたそのエリアの経済活動を一定程度代理していると考えてもいいでしょう。

先ほど紹介したような高解像度の衛星画像と機械学習技術によって、衛星画像から網羅的に車を判定することができ、すでにそのようなサービスを提供する民間企業が存在しています。このような技術を利用することで、特定のエリアで観測された車の台数を基に、その地域の経済活動を把握することが可能となるわけです。

(2)セブ島におけるデータ活用事例

このような考え方に従って、我々は、日本人にも非常に人気の観光地である、フィリピンのセブ島を対象に、セブ島のゲートウェイであるマクタン・セブ国際空港の新国際線ターミナル開業の経済効果について検証しました。

このセブ島にアクセスするほとんどの観光客はマクタン・セブ国際空港を利用しています。このマクタン・セブ国際空港は、2010年代は、観光客の増加によって空港のキャパシティがいっぱいになってしまい、混雑・遅延などの問題が起こっていました。そこで、2014年に空港の拡張プロジェクトが始まり、2018年6月に、新たな国際線ターミナルが開業し、マクタン・セブ国際空港のキャパシティは従来のおよそ3倍に拡張されました。開業後は国際線を中心に、遅延率も大幅に改善し、国際線の利用客も拡大しました。

では、この国際線新ターミナル開業は、観光を通じてセブの経済活動にどれだけの影響を与えたのでしょうか。セブを訪れるほとんどの観光客がマクタン・セブ国際空港を利用するので、単にマクタン・セブ国際空港の国際線利用客数がどれだけ増えたかを数えれば良いようにも思います。しかしそれにはいくつか問題もあります。まず、マクタン・セブ国際空港を利用する国際線の利用者が全て観光客であると考えるのは難しいという点があります。マクタン・セブ国際空港の利用者の中には、ビジネス目的の利用者や、留学生(セブ島は語学留学でもとても有名です)、あるいは単なる乗り継ぎ客などもいるでしょう。その中から観光目的の利用者だけを取り出すのはそれほど簡単ではないはずです。また、観光客がセブのどこを訪れるのかも重要な問題です。観光客が増えたことでセブ市内全域に経済効果があるのか、あるいは特定のエリア、例えばリゾートエリアだけに経済効果があるのかといった点は観光の経済効果を考える上でも重要な論点です。マクタン・セブ国際空港利用者情報だけではこのような議論を行うことは難しいわけです。

このような論点に対応するためには、国際線の拡張工事後にセブ都市圏において観光客と推測される人流が増加したか、またそれがどこで増加したのかということについて把握できるデータが有用です。そのような目的において衛星画像データは力を発揮することができます。衛星画像データから道路上の車を判定し、どのエリアにどれだけの密度で車が走行しているか、また、それが新国際線ターミナル開業前後でどのように変化したのかについて検証することで、経済効果が測定できるわけです。新国際線ターミナル開業によって国際線観光客が増加しているならば、これらの観光客が来訪していると考えられるエリアの人流が増えているはずで、それは車の台数として判定できると考えられるからです。セブ都市圏には鉄道はありませんから、都市内の移動にはかならず道路が利用されると考えられます。実際に、ターミナル開業後、セブ都市圏全体で、道路上の車の密度は全体で10%程度増加したことがわかりました。

では、このセブにおける自動車の台数で測定した人流の増加は、果たして空港拡張によるものなのでしょうか。自動車の中に観光客が乗っているのかまではもちろん衛星画像からはわかりませんが、それについても工夫次第でいくつかの間接的な証拠を示すことができます。例えば時期に注目することは有効です。観光にはピークの時期とオフピークの時期があります。京都であれば紅葉の時期や祇園祭の時期には普段以上の観光客が訪れるでしょう。これらの時期に京都の人流が増えていたとするならば、それは観光客によるものといって良いはずです。同様の方法がこのケースにも適用可能です。セブにも観光のピークの時期とオフピークの時期があります。さらにこれらの時期は国際観光客と国内観光客との間で違いがあります。ですので、もし、この車の台数の増加が、国際観光客のピークの時期により多く観察されたならば、それは国際観光客の増加によるものであると考えられるでしょう。実際に我々の研究では、セブにおける国際観光客のピーク時に、車の台数がより増加していたこと、さらにその現象は、リゾートホテルが集中するマクタン島において強かったことがわかりました。これは、マクタン・セブ国際空港の新国際線ターミナル開業による国際観光客の増加によってセブ市内の人流が増加していることを示しているといえます。

(A)オフピークの時期

(B)ピークの時期

(図 新国際線ターミナル開業後に増加した車の密度)

図の右端の島がリゾートで有名なマクタン島です。色が濃いほど新国際線ターミナル開業後に車の密度がより増加したことを示しています。オフピークの時期に比べてピークの時期は車の密度がより増加しており、またそれがマクタン島でより大きいことがわかります。
出典:Eugenia Go, Kentaro Nakajima, Yasuyuki Sawada, and Kiyoshi Taniguchi (2023) Satellite-Based Vehicle Flow Data to Assess Local Economic Activities, CIRJE Discussion Paper Series, #F-1209
https://www.cirje.e.u-tokyo.ac.jp/research/dp/2023/2023cf1209.pdf

我々はこのターミナル開業により外国人観光客の増加がもたらす経済効果も計算し、その影響で空港建設費用を10年以内に回収できるほどの経済効果があることが示されました。この手法は、観光インフラの効果を細かく評価するのに非常に有用であり、季節によって観光客が大きく変動する地域でも、精度の高い分析が可能です。

このように、昼間の衛星画像は観光について多くの有用な情報を提供してくれます。我々の研究のような車の台数に限らず、工夫次第でさらに様々な情報を取得することが可能になると思います。例えば、都市の緑地の価値などはおもしろい応用例かもしれません。衛星画像から、都市にある緑について判定することができ、それが街の価値に与える影響について分析した研究が既に存在しています。こういった情報は地域の魅力を考える上で重要な情報となるでしょう。

観光立国推進基本計画が閣議決定され、観光立国として日本の観光業がますます盛り上がる中、それに伴う問題も多く現れてきています。これらについて分析する上では政府統計がもちろん有用ですが、より速報性高く状況を把握することも重要でしょう。そのような問題に取り組む上で、冒頭で紹介したようなスマートフォンGPSデータやクレジットカードの利用情報、POSデータのような民間企業が持つデータや、この記事で紹介したような衛星画像データはとても有用だと考えられます。このような新しいデータを活用し、データに基づいた適切な政策、施策を行うことが重要でしょう。