IBTM World 2024 レポート 国や都市のプレゼンスについて考える

IBTM World 2024が11月19日~21日、スペインのバルセロナで開催されました。主に「MICEトレードショーにおける国や都市のプレゼンス」と「サステナブルMICEの実現」の2つのテーマに絞ってレポートします。

小島 規美江

小島 規美江 客員研究員

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目次

今年のテーマは、「People Power Potential」

主催者は、人々の力と可能性にフォーカスし、MICEが人と人の交流とその結果に与えるインパクトの大きさを強調したいという意図を込めて、このテーマを設定したのだと感じました。

 

IBTMとは、Incentives, Business Travel & Meetingsの略称です。バルセロナで開催されるIBTM Worldは、世界のMICE業界全体から人を集め、ネットワークを構築し更なるビジネスの展開を目的として開催されています。多くの国や都市がパビリオンを形成し、その中で個々の事業者がバイヤーとの商談を行うタイプのトレードショーです。航空券代の一部とホテル代を主催者が提供し参加するHosted Buyer*1が例年2000人以上参加します。Hosted Buyerは会期の3日間、主催者から指定された件数の商談を行い、併せてセミナーやネットワーキングに参加して過ごします。
 今年の来場者数の合計は11,899名、その内、Hosted Buyerは2,528名と昨年に比べて22%増加しています。約60%はヨーロッパ内からのバイヤーですが、国数にすると96カ国からと幅広い国から参加しています。2025年以降のMICEビジネスの獲得に向けて盛り上がりを見せており、会場は昨年以上の活気にあふれていました。
 
*1 MICEの主催者や、開催地決定に影響力を持つプランナーやPCOなどの運営会社に対し、航空運賃や宿泊代を負担して招待する仕組み。

 

日本からはJNTOがオーガナイズするJapanパビリオンと東京観光財団のTokyoパビリオン、その他、個別のブースで出展する企業が会場の中心に近いエリアで出展していました。同じようなMICEのトレードショーであるIMEX*2に比べると会場における日本ブースのロケーションが良いのは、主催者の窓口*3が日本国内にあるからでしょうか。出展者から直接、希望や要望を日本語で伝えられるメリットはあるように思いました。
 
*2 毎年5月にフランクフルト、10月にラスベガスで開催されている、ミーティング、イベンツ、インセンティブ旅行のトレードショー。世界のMICE業界の主たるプレイヤーはこの2つのIMEXとIBTM Worldで必ず顔を合わせている。
*3 IBTM Worldの主催者はRX社(Reed Exhibitions Limited)。日本のRX社内に海外の同社の展示会のセールスを行う部署があり、日本からの出展者の窓口を行っている。

商談数はIMEXより多いと感じた出展者が多い

 

実際に出展した方々の感想ですが、初日朝の時点では「事前に入った商談数が多い」とのことでした。CVB*4やDMO*5、ホテルなどパビリオン内の出展者の3日間合計のアポイント数は30~40件ですので、1日十数件の商談が予定されているということになります。1件の商談は30分間で、10分間のインターバルをはさみ次々とバイヤーが現れる仕組みです。9時から18時まで、出展者の皆さんはほとんどブースから離れることができなかったと思います。
 2日目の夕方、状況をうかがった際の感想は大きく分けて、2つ。
 
「Go Show*6もあるが、No Show*7が多い」
「具体的な話もなくはないが、レジャートラベルの話が多い」

ニュアンスとしては「悪くはないが期待したほど良くもない。」という感じでしょうか。出展された皆さんは十分ご理解いただいていると思いますが、こういったトレードショーへの出展効果はある程度の期間を持って評価をする必要があります。何より、バイヤーとの人間関係構築のために、同じ顔で継続的に参加しながら個人の知名度を上げていく事が重要だと思います。
 「Go Showもあるが、No Showが多い」というのは、この形式の商談会ではある程度仕方がないように思います。一つ前の商談が長引きやむを得ずNo Showしてしまったバイヤーもいるでしょうし、盛り上がっている会場内にいると時間を見損なうこともままあります。
 「レジャートラベルの話が多い」というのは、日本が観光旅行のデスティネーションとして人気がある所以でしょうか。必ずしも悪い話ではないのですが、IBTMはインセンティブとMICEの商談会ですから、やはりそれらの引き合いが多くないといけないわけです。ヨーロッパのリゾート地などインセンティブに力を入れているデスティネーションが数多く出展している中で、残念ながら日本はインセンティブの行き先としてあまり認知されていないことが理由の一つと考えられます。
 
*4 Convention & Visitors Bureau の略。コンベンションや観光客の誘致を目的にマーケティング等を行う組織。
*5 Destination Management Organizationの略。地域のあらゆる資源に精通し、地域と協力してMICEの受入や観光地づくりを行う組織。
*6 事前の予約なしにバイヤーが現れること
*7 事前の予約をしたにも関わらずバイヤーが現れないこと

日本のプレゼンスを向上するには

  1. 日本のプレゼンス向上のために出来ることは何か?
  2. 日本のプレゼンスを向上させるためには、どのような取り組みが考えられるでしょうか。そこで提案したいのが、もう少しインセンティブ誘致にフォーカスしたブースを作ることです。国や都市のパビリオンには2つの目的があると思います。一つは出展している方々が数多く良い商談を行うこと、そして二つ目はMICEビジネスにおける国や都市のプレゼンスをアピールすることです。今年韓国はクイズ大会やスクリーン上でのスロットマシーンによるゲームを行い、終日来場者を集めていました。また、コロンビアブースには朝から夕方まで美味しいコロンビアコーヒーを求めて常に列が出来ていました。デンマークのブースでも朝出展者が全員で掛け声をかけ歌を歌うなど「まずは興味を持ってもらう」工夫をしていました。残念ながら日本のブースはビジネス色が濃く、静かで目立たないというのが正直な印象です。せっかく主催者が日本の出展者を同じエリアに配置しているわけですから、日本の出展者がまさに「一枚岩」で誘致していることを示すことが出来れば、もっと効果的なアピールの場になると感じます。

     

  3. 一層の日本のプレゼンス向上のための議論は可能か?
  4. 我々が誘致を目指しているのは「ビジネスイベント*8」であり、観光旅行のトレードショーに出展するのとは対象者が違います。しかし、バイヤーも所詮は人ですから、お客様に喜んでもらえる行き先を探す時に「FUN」を感じる場所を魅力的だと思うのは当然ではないでしょうか。。JNTOさんが行っていた習字のパフォーマンスには長蛇の列が出来ていました。あるトルコのバイヤーはとてもうれしそうに「幸福」と書かれた色紙を持って「トルコ人は日本が大好き。私たちの協会の会議は500名程度で大きくはないけれど、いつか日本で開催したい。」と言っていました。こうして「日本ファン」を作っていくのだと実感した瞬間でした。「日本をPRするとは?」「日本らしさとは?」「バイヤーが魅力的に思うブースとは?」等、国や都市のプレゼンスをどう示すかについて、皆で議論をする場を作ることはできないでしょうか。
     
    *8 ビジネス上の目的を持った参加者が特定の会場に集まり行われるイベント。

IBTMの今年のトレンド

  1. 今年のセミナーの傾向
  2. IBTMのもう一つの魅力はさまざまなテーマのセミナーです。メインステージでは、MICE全体に関わる比較的大きなテーマのセミナーが開催されます。初日の最初は、イギリスのパラリンピアンによる「People Potential」をテーマにしたセミナーで、彼女を取り巻く人たちの考え方や彼女のチャレンジに対する家族のエピソードなどが語られました。Q&Aでは障がい者の子供を持つ参加者から「我々家族にこれから何が起きるのか?」という質問が出ましたが、「全ての親が子供に心配をするのと同じことが起きるだけです。」という彼女の答えはとても印象的でした。このセミナーをはじめ、今年は「ダイバーシティ」や「インクルージョン」をテーマにしたプログラムが多かったように思います。あくまでも参加したセミナーに限った印象ですが、「サステナビリティ」全体や「環境問題」についての最新のトピックや具体的な内容を話すものが少なかったように感じました。昨年は「SAF*9」を使う便を優先して出張旅行を組むコンサルの紹介などがあったのですが、今年はそういったものも見当たりませんでした。
     
    *9 Sustainable Aviation Fuelの略。バイオマスや廃食油を原料としたサステナブルな航空燃料。

     

  3. 各国のパビリオンのトレンド
  4. 「Nature」をテーマにしたデザインのブースが多く見られました。サステナブルMICEにつながるトレンドかと思います。北欧やアイスランド、バルト三国などは森林や山々の写真を使ったブースを作っていました。見た目がとても美しくイメージはよく伝わるのですが、どれも木工の造作に経師貼り(木を使った看板に写真を出力した紙を貼ったもの)をしていました。確かにこういう造作はデザイン性が高くブースのコンセプトを伝えるのに最も適していますが、一方で、大量の廃棄物が出るのがデメリットです。このブースの造作と直接関係があるかどうかは不明ですが、全体的に「環境負荷に対する配慮」の勢いが弱くなっているように感じました。

  5. サステナブルMICEの実現に向かっているのか?
  6. この疑問はセミナーについても同様です。先ほど、ダイバーシティやインクルージョンのテーマが多かったと書きました。MICEにおける「人権」は大事なテーマですが、「環境負荷」に対する取り組みを緩めて良いという訳ではありません。「スタンダードになっているから、敢えて取り上げないのではないか?」という意見もありますが、その割には廃棄物が多い造作の採用など、以前の状況に少し戻ってしまっているように感じます。主催者は名札ケースを紙にし、燃やしても有毒ガスが出ないというさとうきびで作った水筒を配布。会場のFira Barcelona は紙製の分別ごみ箱を設置していました。しかし、会場内を見るとサステナビリティをアピールするブースは思ったより少ない印象でした。言葉を選ばずに言えば「熱が冷めた」のではないかと。サステナブルMICEの実現が本気なら「こんな事ができる」「これをすれば良い」といった好事例の紹介や、ネットゼロ*10に向けて「ここまで来ている」というトップランナー*11の話がもっと出てきても良いはずなのではないかと思います。

    全体の印象としてコロナ禍中に開催できなかったMICE、獲得できなかったビジネスを取り戻すのに必死な様子に見えたのは私だけでしょうか。会場内は大変な盛り上がりを見せ、バイヤーはリストを持って動き回り、どのブースも商談テーブルが埋まっている様子は壮観でした。知り合いのバイヤーは「まだコロナ禍前の7割程度しかビジネスが戻っていない。」と言っており、皆「今こそ取り戻せ!」とばかり、商売の復活を最優先にしたいということかもしれません。しかし、これでは少し寂しい気もします。コロナ禍後はサステナブルなMICEとして復活するのだとばかり思っていただけに、2050年までに達成するはずの「NET ZERO CARBON EVENTS*10」の実現は果たして可能なのか?と思ってしまった次第です。
     
    *10 2021年のCOP26に合わせて、イベント業界の複数の国際団体が共同で発表した「イベントにおけるCO2の排出量を2050年までにゼロにする」という宣言のこと。
    *11 先頭を走る人。その分野の第一線で活躍している人のこと。

まとめ ―MICEのレガシーとは?―

セミナーのテーマに数多く取り上げられていたもう一つのテーマが「レガシー*12」です。MICEは参加者の航空機移動による環境負荷が大きいことが課題と言われており、MICE業界はこの環境負荷を超える開催効果とその価値を示す必要に迫られています。その結果、「レガシー(開催によるプラスの遺産)」をどのように開催地に残すかを開催地が主催者に提案するという事が積極的に行われています。つまり、「●●市で開催するとこんなレガシーが残せますよ。」と開催都市がアピールして誘致をするのです。この流れは主催者にも開催地にもプラスの施策なわけですが、この部分とサステナビリティが必ずしもうまく結びついていないように思うのです。特にインセンティブは「旅行」が中心ですので、両立が難しいのが実態です。できれば、何か新しい考え方や両立のさせ方を発見したいと思って会場内を歩いていましたが、今年は残念ながらみつかりませんでした。きっと誰かが今も考えていると信じると同時に、自らも考えていきたいと感じた数日間でした。
 
*12 遺産。過去に築かれ、次世代に受け継がれていくもの。
写真提供:IBTM World