デジタルテクノロジーが観光を変える未来2025
デジタルテクノロジーの観光における活用は、予想をはるかに上回って進化しています。これまで注目してきた観光分野におけるテクノロジーの動向を踏まえつつ、これからの観光産業で何が起こるか、注目すべき5つのテクノロジーを交えながら考察します。
鶴本 浩司 客員研究員
目次
1. 生成AIによる旅行者や観光事業者の変化
生成AIの進化は目覚ましく、旅行者にとっても多くの面で変容をもたらすことになります。
従来のAIが提供していたのは、過去のデータに基づいた画一的なプランでした(「識別モデル」と呼びます)。それが大規模言語処理を基盤とした生成AI(「生成モデル」と呼びます)の登場によって劇的な進化を遂げています。ちなみに生成AIの商業実用化の歴史は本当に浅く、まだ2年にも満たない2023年2月にChatGPTが有料サービスとして展開されてからです。にもかかわらずこれからさらに起こる天変地異のような変革の序章を、私たちはリアルタイムで目にしていると言えます。
そのChatGPTに代表される生成AIは、旅行者の嗜好や興味関心を深く理解し、まるで人間のように、その人にぴったりのユニークなプランを提案できるようになります。
例えば、「歴史が好きで、美味しいものが食べたいけれど、あまり人が混んでいない場所がいい」というような、漠然としたリクエストにも、AIは過去の旅行データやクチコミ、さらにはリアルタイムのトレンド情報などを総合的に分析し、その人にしかできない体験を提供してくれます。
これは、単に観光地を提案するだけでなく、その場所の歴史や文化、そしてそこに住む人々の生活までをも深く理解し、旅行者に伝えることで、より豊かな旅の経験を提供することにつながります。
さらに、AIは、旅行者の行動パターンを分析し、その人がどのような体験を求めているのかを予測することも可能になります。例えば、ある観光地で、特定のスポットで長時間滞在している人が多いというデータがあれば、そのスポットの魅力をより深く掘り下げた情報を提供したり、周辺の飲食店や宿泊施設を推薦したりすることができます。
生成AIの観光分野での活用はアイデア次第で無限に広がります。変わった応用としては、いま社会問題化している、顧客による感情的な苦情の対応でも活かせます。いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)の感情的で不条理な苦情にも、誠実にかつ淡々と対応し続けてくれます。従業員であればメンタル問題に発展しかねないような内容でも、生成AIであればメンタル障害を起こすことはありません。
2. 旅行者の移動とモビリティ革命(自動運転車)
移動手段の進化も自動運転が実用化され、観光に大きな影響を与えます。
すでに米国では、ウェイモ社が世界初の無人自動運転車両のタクシータイプのサービスを開始しています。サンフランシスコやロサンゼルス、アリゾナ州フェニックスなどで普通に公道を走行しています。実際に筆者も2024年11月に米フェニックスで開催された国際カンファレンス参加の際は、空港からホテル、ホテルから会場までの往復などは、すべて無人自動運転のウェイモ車両で移動しました。
使い方はごく簡単で、スマホのアプリで配車を現在地と目的地を入力し(現在地はアプリの位置情報で自動的に入力されるので確認するだけ)、配車依頼ボタンをタップします。乗車後は事前に入力してある目的地に向け出発し、到着したら降車してドアを閉めるだけです。決済もスマホ経由でおこなわれているので、何の手続きも必要ありません。米国の慣習でもあるチップも不要なので(無人なので渡す相手がいない)、チップ計算も必要ありません。
旅行者は完全に無人で自動運転するクルマで、目的地までの移動をさらに快適に楽しむことができます。
日本でも地方の観光地では公共交通機関が不足しているケースが多いため、自動運転車は観光地へのアクセスを大幅に向上させることが可能になります。
なお無人自動運転の話になると必ず議論になるのが安全性ですが、調査会社のデータでは自動運転車の衝突事故の確率は、人間の運転に比べて85%少ないことも示されています(スイス・リー社)。
ちなみにウェイモ社は日本交通と提携し、日本でも2025年から自動運転技術テストをおこなうことを2024年12月に発表しました。
3. ブロックチェーンによる旅行の透明性と信頼性の向上
観光産業におけるブロックチェーン技術の応用も見逃せません。たとえば、航空券やホテル予約にブロックチェーンを活用することで、取引の透明性を高め、不正やダブルブッキングのリスクを軽減することができます。なおブロックチェーンとは、データを分散型ネットワーク上にチェーンのように繋げて記録・管理する技術のことです。
また、旅行者が現地で利用するチケットやクーポンをNFT(非代替性トークンの略で、デジタルデータに唯一無二の所有証明を付与する技術)にすることで、転売や偽造を防止する取り組みも進んでいます。
ちなみに日本では、NFTは唯一無二の旅行記念品などに用いられる独自の特殊技術のような印象で言われがちですが、あくまでもブロックチェーンの基盤を活用した技術のひとつで、特殊技術ではありません。
信頼性の高いレビューシステム構築も、ブロックチェーンの活用が期待される分野です。現在、多くのレビューサイトでは虚偽のクチコミや偏った評価が問題となっていますが、ブロックチェーンを用いることで、投稿者の信頼性を担保し、より正確な情報を提供することが可能になります。
さらに、「スマートコントラクト」と呼ばれる自動化された契約プログラムを活用することで、予約の自動化や、支払いの自動処理などが実現します。考えられる活用例は、旅行者があらかじめ旅行条件を設定しておき(プログラム側は契約内容がコードとして記述される)、その条件が満たされると自動的に予約されます。このように旅行者と観光事業者の両方で、効率化に大きく貢献することが考えられます。
4. ロボットが観光客のサポート役として活躍
ロボットは、すでに様々な分野で実用化されていますが、観光業界においても、ロボットが活躍する場面が増えてきます。例えば、ホテルのフロント業務や、観光案内、さらには荷物運搬など、ロボットが人間の仕事をサポートする、などはすでに実用化されています。
また、感情認識機能を搭載したロボットは、旅行者の表情や声から感情を読み取り、それに合わせた対応をおこなうことができるようになるでしょう。例えば、疲れている様子の旅行者には、リラックスできる場所を案内したり、元気のない旅行者には、楽しいアクティビティを提案したりすることができます。
5. 持続可能な観光を実現するためのテクノロジー
近年、持続可能な観光が求められています。テクノロジーは、この課題解決にも貢献します。観光客の行動パターンを分析し、混雑状況を予測することで、過剰な観光による環境への負荷を軽減することができます。
また、再生可能エネルギーの活用や、地域産品の販売促進など、デジタルテクノロジーを活用した様々な取り組みが、持続可能な観光の実現に繋がっていくでしょう。例えば、スマートシティの技術を活用して、観光地のエネルギー消費を効率化したり、観光客にエコな行動を促すアプリを提供したりすることも考えられます。
まとめ
以上、5つのデジタルテクノロジーについて、観光産業への影響を考察してみました。これらのテクノロジーは、単独で発展するのではなく、相互に連携し合い、より高度なサービスを生み出していくことになります。
例えば、生成AIで作成した旅行プランをブロックチェーン上で予約をおこない、無人ロボットが観光地を案内するというような、シームレスな観光体験が可能になるかもしれません。
しかし、デジタルテクノロジーの進化は、プライバシー問題や、人間の既存の仕事が奪われるといった課題も存在します。これは言い換えれば人間にとってチャンスでもあります。すなわち、既存の仕事でデジタルテクノロジーに置き換えられるものはそうして、既存とは異なる新たな仕事を人間が創造していくことが、観光産業の新たな次元を生みだす機会にもなります。