修学旅行を取り巻く環境変化

2020年度から、新型コロナウイルス感染症によって、修学旅行の中止や方面変更という動きが見られました。その後の回復期を経て、現在の修学旅行はどういった状況にあるのでしょうか。現状と最新の事例から、今後の修学旅行を考察します。

山田 麻紀子

山田 麻紀子 担当部長

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目次

1. コロナ禍と直近の実施状況の変化

コロナ禍であった2020年度及び2023年度の修学旅行の実施状況の変化を見てみると、2020年度は中学校、高等学校共に実施を見送った学校の割合が高く、比較的自県から遠方に向かうことの多い高等学校に至っては、実に8割弱の学校が実施できなかったという状況でした。
 一方で、2023年度に入るとその状況は一変し、ほとんどの学校で実施されており、ほぼ新型コロナの前の状況に戻ったと言えます。(図1)

図1 修学旅行実施率

では、目的地については変化があったのでしょうか。
 株式会社JTBによる2020年度の発地別の目的地を見てみると、前回コラムで言及した通り、それまで選択されていた遠方の目的地から、自県内あるいは近隣県における実施に切り替えている学校が多かったのですが、直近の2024年度については、コロナ禍前の2019年度の状況にかなり近しい状態に戻ってきていることが分かります。
 しかしながら、いずれの地域も海外方面は2019年度レベルまで回復しておらず、円安や物価上昇、航空環境変化などが影響を及ぼしていると考えられます。また、国内方面においては沖縄方面がやや減少しているのも共通しているところです。(図2)

図2 発地別・修学旅行目的地の割合の変化

2. 回復後の課題

実施率においても、方面においてもコロナ禍前の状況に戻ってきているように見えますが、経済状況や観光を取り巻く環境変化に伴い、別の課題が浮かび上がってきているのも事実です。
 旅行費用の高騰や訪日インバウンド旅行者の急増に伴うオーバーツーリズム、担い手不足によるバスや宿泊施設供給量の減少など、修学旅行にも大きな影響を及ぼし始めました。
いくつか身近な例をご紹介しましょう。

(1)東京都内のホテル料金の高騰

東京ホテル会(代表・髙部 彦二氏)は2025年1月22日、約260軒の加盟するホテルの過去4年間の単価(ADR)とRevPARを発表しました。発表内容を見る限り、2020年1月に約10,000円であったADRが2024年12月には約20,000円まで増加し、まさに2倍となっていることが分かります。(図3)
 昨今、出張に訪れるビジネスマンが社内規定の宿泊費で泊まれるホテルが見つからず、都心から離れたホテルを探さざるを得ないと報じられることもありますが、もともと旅行費の上限額設定がある修学旅行においても、同様のことが言えると思います。

図3 コロナ禍期から現在までの単価とRevPARグラフ
(出典:東京ホテル会「コロナ禍の変遷4年推移の報告(2024年12月)」)

(2)運転手が不足し貸切バスが手配できない

2023年に日本バス協会が試算した結果によると、2030年も2022年の輸送規模を維持しようとすれば、必要人員が約3万6千人不足するとみられ、実際に「2024年問題」と言われるように、時間外労働の上限規制によるドライバーの業務時間短縮に伴い、バスの供給量不足が顕在化してきています。
 加えて、訪日外国人旅行者による急激な需要増加も相まって、ある旅行会社では貸切バスが手配できずに、直前に修学旅行の一部行程を変更したり、鉄道などの代替手段へ振り替えしたりという事態が実際に起きています。
旅行会社の宿泊や輸送を手配する部門においては、常に修学旅行の需要が重なる繁忙期の采配に追われており、近隣県の供給量も勘案しながら、綱渡りの状況が続いていると言えます。

(3)オーバーツーリズムによる移動や見学時間の制限

修学旅行の人気目的地と言えば、京都・奈良ですが、オーバーツーリズム問題で、生活者である市民さえ市営バスに乗れないという状況であり、修学旅行生も電車やタクシーを利用した班別行動に振り替える動きがあります。班別行動は、事前に生徒たちが班ごとに行先や学びの内容を綿密に計画し、自主性を持って行動することで、最大の学習効果を得ようとするものですが、利用交通機関の制約のもと、さらに混雑や遅れにより、目的地に辿り着けなかったり、見学時間が極端に短くなったりと、本来の目的達成が困難な状況も見受けられます。

3. 修学旅行の本質的な目的を達するために

このように供給サイドの課題があり、取り巻く環境は厳しくなってくる中でも、修学旅行の価値というのは変わることはありません。修学旅行で起こる偶発的な出来事や新たな人との関わりは、自らが課題に主体的に向き合い解決することが求められる、非日常の特別な体験となります。
 文部科学省等は、学習指導要領の改訂、高大接続改革等で、生徒や学生には、自らの多様な学力や能力を高めるための、より能動的な学習が必要であるとしています。修学旅行の体験こそ、まさに文部科学省等が要請する目的に大きく寄与できるものではないでしょうか。

自治体側もその有用性を感じており、東京・港区は2024度、区立中学校の修学旅行先をこれまでの京都・奈良からシンガポールに変更し、保護者負担は7万円までと抑えた上で、それ以外の費用を公費で負担することとしました。もともと港区では2007年から、英語でのコミュニケーション能力育成の一環として「港区小中学生海外派遣」を行ってきた実績があり、この派遣事業では、オーストラリアでのホームステイや現地校での体験入学を通じて海外文化などを学ぶ機会になっていました。ただし、派遣事業では全員の生徒が海外に行くことができるわけではなく、国際理解教育を充実させるためにも、全員が経験できる機会として、修学旅行が相応しいと考えるに至ったものです。
 実施に向けては、公費負担や目的地をめぐって、保護者や区民、議会などからも賛否の声があり、一概にその是非を語ることは難しいと思いますが、区としては「国際人育成事業」を推進しており、小学1年生から英語教育を実践しており、英語でのコミュニケーション能力を発揮するための実践の場として修学旅行が位置付けられているとすれば、有益なものになると考えます。

また、生徒や学生が特別活動を実施する上で、どのように資質能力を向上させたか、その変容を数値化するシステムも開発されています。これまで感覚的にしか分からなかった、修学旅行を含む特別活動の効用が可視化されるようになれば、一層その重要度が認知されるはずです。日程や方面、行程を考えることが主であった修学旅行の検討にも変化が表れ、どういった活動を行うことが最も効果的な学びに繋がるのか、といった修学旅行の価値の再定義が行われていくものと思われます。

出典:J’s GROW ~教育活動効果測定システム~ 株式会社JTBウェブサイト

個人旅行と異なり、学校教育の枠組みにおける様々な制約条件の中で実施していかなくてはならないのが修学旅行です。環境制約条件も厳しくなってきている中で、まずは本来の目的を達成できる活動内容を吟味し、実現するための手段として、どの時期、場所、行程が相応しいのか、学校や観光関連事業者が知恵を絞って考えていってほしいと願います。いつか方面別や月別の修学旅行実施率に変化が表れ、過去と同様の傾向ではない良い意味での“異常値”が生まれてくることを期待しています。