来場者数3万8,000人、アイテム数5万点
昨年12月、日本最大級の文具の祭典「文具女子博」が開催され、133社が出展、約5万アイテムの文具が集結し、4日間で3万8000人が来場しました。「文具女子」という言葉には、文具市場の変化が表れているように感じます。
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人類が他の生物とは全く異なる進化の方向へと歩みを進めた理由のひとつとして、「道具を製作する能力」だと言われていますが、『サピエンス全史*』によると、その能力は「他の大勢の人々と協力する能力」をもって、劇的な進歩を遂げたと言われています。最初の道具は、敵から身を守ることと獲物を捕るための命を長らえるためのものでした。人類が集団で行動していく中で、意思や気持ちを相手に伝え、子孫に残すための道具が生まれました。岩の壁や粘土板に刻んだ石器、これが「文具」の始まりと言えるのではないでしょうか。文具は文明の進化や社会の変化とともに、「伝えること」「記録し残すこと」を追求していく中で進化してきました。
昨年12月に日本最大級の文具の祭典「文具女子博」が開催され、4日間で3万8000人が来場しました。このイベントは、「文具好きが最高に楽しめるイベントを!」を合言葉に2017年から開催され、今回は133社が出展、約5万アイテムの文具が集結し、過去最高の規模となりました。文具好きの一般消費者が「見て・触れて・買える」ことができ、もちろん男性も来場することができますが、「文具女子」という言葉には、文具市場の変化が表れているように感じます。
国内の文具市場は、かつては法人による需要が市場を牽引してきました。日本の経済発展に伴い、企業がオフィス用品として文具を大量に購入していた時代です。その頃は「文具にこだわりをもつ」のは、おもに男性で、ビジネスマンが、黒や紺を基調とした万年筆や手帳といった高級文具をステータスシンボルとして持つというイメージがありました。しかし、その後、少子化や景気の変化により法人市場や高級文具市場は低迷の時代に入ります。最近はデジタル化の流れの中で、オフィスはペーパーレス化に向かい、手書きで丁寧な文字を書くよりもコンピューターやスマートフォンで電子化された文字を使うことが多くなり、国内の文具市場自体がさらに縮小傾向に向かっているのは事実です。
そうした中で、女性や若者を中心に「自分用に文具を買うなら」と、質の高さや機能性、デザイン性など、こだわりをもつ人が現れるようになりました。女性の社会進出が進み、元々は自宅で使っていたようなカラフルなペンやかわいらしいデザインのメモ帳をオフィスでも利用する人が増えています。デジタル時代らしく、若者は、オンライン上で積極的に身近なものへの興味や感想を発信し、文具についても流行を作り出しています。メーカー側も機能やデザインを追求した商品を開発するようになり、いまや、文具に特別な思いがない人でも、「手が疲れないボールペン」や「消すことのできるペン」を愛用している人も多いのではないでしょうか。
文具に対するデザイン性への意識は最近の働き方改革の流れの中でさらに高まっています。フリーアドレス制やテレワークの導入が進み、社内で席を移動したり、シェアオフィスで仕事したりする機会が多くなり、持ち物を人に見られる機会を気にする場面が増えていることが理由のひとつです。また、こうした環境では、固定席に比べるとコミュニケーションの量や質が落ちてしまうという不安もありますが、文具が会話のきっかけになることもありそうです。さらには、文具自体がコミュニケーションツールとしての機能を持ち始めています。
最近、「ひとこと付箋」なるものを見かけました。付箋に「確認おねがいします」「OKです」「電話してください」などのメッセージが印刷されており、オフィスで離籍している人への伝言や書類を提出する際の一押しとして、特にSNSでのやり取りに慣れた若者にとって、前置きや敬語などルールが多い電話やメールよりも、シンプルで使い勝手がよいようです。受け取った方もデジタル化された文字よりも、手書きであることや付箋のデザインに対して、相手への好感につながっている様子がうかがえます。デジタル化や働き方改革など社会は変化していますが、人と人が関わり、人の「伝えたい」「残したい」という気持ちがなくならない以上、文具は人に寄り添い、時代の変化に形をあわせながら、発展していくのだと思います。
(しら)
*『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社、ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之 翻訳)