小指の先に1tの圧力。到達者わずか13人の場所。

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宇宙へ行く人が増加する一方で、まだ人類が13名しか到達していない場所(2020年夏時点)が、地球にあることをご存知でしょうか。海の最深部、富士山約3個分の高さに匹敵する水深10,920mの「チャレンジャー海淵」です。

宇宙へ行く人が増加する一方で、まだ人類が13名しか到達していない場所(2020年夏時点)が、地球にあることをご存知でしょうか。海の最深部、富士山約3個分の高さに匹敵する水深10,920mの「チャレンジャー海淵」です。
Source
蒲生 俊敬, 窪川 かおる著(2021)『なぞとき 深海1万メートル 暗黒の「超深海」で起こっていること』講談社

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2021年7月、初の民間の宇宙旅行会社が試験飛行に成功し、宇宙旅行に対する期待が高まっています。JAXAによると2020年8月現在、宇宙に行ったことがある人は566名。宇宙へ行く人が増加する一方で、まだ人類が13名しか到達していない場所(2020年夏時点)が、地球にあることをご存知でしょうか。海の最深部、富士山約3個分の高さに匹敵する水深10,920mの「チャレンジャー海淵」です。人が到達しづらい要因は、小指の先(1cm四方)に約1tかかるとされる水圧で、この水圧に耐えられる潜水船を作るためには高い技術と資金が必要です。深海には未知な部分が多く、2021年1月に1mを超える巨大イワシ「ヨコヅナイワシ」が駿河湾の深海で発見されました。深海では1mを超える大型魚が、いまだに新種として発見されているのです。
 深海は資源の存在でも注目されています。日本では2007年に「海洋基本法」が制定、翌年「海洋基本計画」が策定されました。計画の中で、日本の近海にある海洋エネルギー・鉱物資源の開発についての目標が定められており、目標達成への計画として「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」が作られています。メタンハイドレートや海底熱水鉱床、レアアース泥など、多数の資源が日本の海に眠っていると言われています。海底調査や資源採取の技術が進めば、日本が自国の資源を活用し、輸入依存度を削減できる可能性があります。
 新種の生物の発見や資源開発などで注目されている深海ですが、わずかな人数しか到達していないにも関わらず、既に海洋汚染問題を抱えています。人工物や天然に存在しない化学物質などが海洋を汚染し、表層にとどまらず深海にまで影響が出始めているのです。海で分解・消滅しないマイクロプラスチックの問題は、特に大きく取り上げられています。マイクロプラスチックとは、強い太陽光にさらされ、波などにより劣化し粉々になった5mm以下のサイズのプラスチックで、非常に小さいため海から回収することは困難です。マイクロプラスチックには海中に漂う難分解性有機汚染物質(POPs)が付着します。それを食べたプランクトンが魚に食べられるなどの食物連鎖を経て、フンとしてマリンスノー(プランクトンの排出物や死骸などが集まったもの)の一部となり海底へ落ちていきます。またそれを海底の生物が食べ、汚染されていきます。実際にチャレンジャー海淵付近においても、海水及び海底堆積物からマイクロプラスチックが確認されています。2020年夏時点でわずか13人しか到達していない深海の海底でさえ、汚染されてしまっている状態なのです。
 2021年6月、プラスチック資源循環促進法が可決・成立しました。既に小売店のレジ袋が有料化されていますが、2022年4月からは使い捨てプラスチック製スプーンやストローなども有料化等措置が行われます。海洋汚染を含めた環境保全の取り組みが進められる一方で、観光面に目を向けますと、最近では水中旅行を企画するベンチャー企業も登場しており、宇宙旅行のように深海が旅行の目的地になる日も近づいてきているのかもしれません。地球環境に対してできることを今一度考え行動し、深海のような未開の地域を汚染物や廃棄物から守ることで、安全で快適な未来の旅行先の確保を目指しませんか。(S.K)

<参考>
蒲生 俊敬, 窪川 かおる著(2021)『なぞとき 深海1万メートル 暗黒の「超深海」で起こっていること』講談社
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000346820
海洋研究開発機構「新種の巨大深海魚「ヨコヅナイワシ」を発見~駿河湾深部に潜むアクティブなトップ・プレデター~」(2021年1月25日)
https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210125/