連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第4回】文化人類学者・松村圭一郎さんに聞く、5年先の旅のカタチ

「暗黙の前提を問う」文化人類学の視点から考える、未来とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、旅行分野にとどまらない、様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、文化人類学の視点から人と人とのつながりや、国家・経済のあり方などの研究を行う、松村圭一郎さんにお話を伺いました。


Profile

松村 圭一郎 さん

松村 圭一郎 さん

 
岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有と分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎ、国境などについて研究。
 著書には、『所有と分配の人類学 エチオピア農村社会から私的所有を問う』(ちくま学芸文庫)、『旋回する人類学』(講談社)、『小さき者たちの』(ミシマ社)、『これからの大学』(春秋社)、『人類学者のレンズ「危機」の時代を読み解く(西日本新聞社)』(4/18発売)など。

旅=国・地域の移動は、「帰る」「期間限定」であるから成り立つもの

探検隊

松村さんは、長年エチオピアの農村で研究を続けられており、エチオピアの農村部から中東やヨーロッパへの海外出稼ぎに着目され、最近は「人の移動」や「国境」をテーマに研究をされているとお伺いしました。

松村さん

いまの世の中では、「国家」と「人の移動」とが密接に関わっています。わたしが移動して、他の国・地域にいることができるのは、日本で発行されたパスポートによって「わたし」であることの公的な承認があるからですよね。人が移動することを「国家」という枠組みに承認されないと、国境を超えただけで違法な存在となる。これは、世界中が直面している問題です。
「国家」という枠組みが「人の移動」を規制する。誰もがそれを当然と思っていますが、何千年・何万年という長いスパンで考えると、ごく最近の感覚に過ぎない。その中で、現状をどのように考えるかは、大きな問いだと考えています。

 

探検隊

旅にとって移動は付き物で、移動すること自体が旅なので、我々にとっても非常に重要な問いと感じます。

松村さん

多くの国では「旅行者」には国境が開かれているケースが多いわけですが、それは「この人は帰る」という前提条件があるからですよね。観光ビザは長くても3か月程度で、そのまま居続けると違法滞在になってしまう。だから、観光ではない「移住」には、高いハードルが設けられている。ただその一方で、お金があれば永住権を得られるような仕組みも存在している。

探検隊

国家が認めた人ということに加えて、その人にどれだけ「価値」があるのかが問われている、ということでしょうか?

松村さん

そうです。人の移動自体は観光業にとっても、また国の経済にとっても大きいわけです。ですが、その裏には人間の有用性によって、どこでどう生きていくのかをコントロールする力も関わっています。

「旅」が終わって「日常」が始まるときに、はじめて得られることがある

探検隊

文化人類学と旅の関係性はどのようにお考えですか?

松村さん

ある尊敬する人類学者は「旅が終わって日常がはじまるときに、人類学のフィールドワークがはじまる」ということをおっしゃっていた。何も起こらないただの日常がはじまるときに、人類学はやっと仕事がはじめられる感じがあります。この考え方は「旅」を狭い定義に限定しているとは思いますが、どこかに定着して人間関係を作って、そこにとどまりながらその一員として日常を過ごすのが文化人類学のフィールドワークなんですね。旅だけをしていても、なかなか深いものに出会えない、ということはあるのかなと思います。

探検隊

松村さんがいま現在もエチオピアと関わり続けているのは、初めてフィールドワークで訪れたときに深いものに出会えた、といった理由からでしょうか?

松村さん

大学生の頃、文化人類学の先生がエチオピアの専門家で、ただの旅ではなくて、きちんと1年間滞在してフィールドワークできるようにサポートしてくれたのがはじまりです。最初の村に滞在したのは実質4、5ヶ月だったと思いますが、その村で調査をはじめてから、もうずっと同じ村に20年以上通うことになりました。
いまも関わり続けている理由は、居候させてもらっていた家族と自分が、家族同然になったことが大きいです。あと、現地の言葉を喋るようになって、出会う人の幅が広がったこともありますかね。道行く知らない人とも話せるようになる。最初は旅のような形で関わっていたけど、だんだん自分のホームタウンのようにもなっていきました。

「学問」が旅にもたらす影響とは?

探検隊

松村さんは「旅する大学」という企画を、広島大学の松嶋健さんと共に2022年からはじめられています。
この取り組みをはじめられた経緯を教えていただけますか?

松村さん

世の中のニーズと今の大学が置かれている状況に乖離を感じたことが最初のきっかけです。「学問の面白さを知りたい」と思っている人は、学生だけではなくて世の中にもっといるんじゃないか、と。大学で働いている身としても、本当に学びたいと思っている人と一緒に学びたい。学問を楽しむ場を大学の外側に作っておくことが必要なのではないかと考えて、共感してくださった松嶋さんとはじめました。
旅する大学は、法人があるわけではなく、コンセプトがあって人がいるだけ。最初の1回目はわたしたちがホストをやりましたが、2回目以降は声をあげた人がホストになって運営してもらっています。

探検隊

「旅する大学」はコンセプトであるということですが、これがないと「旅する大学」として成り立たないと思う要素はありますか?

松村さん

なんでしょうね…(笑)最初は、本当に人が集まるのかもわからずにはじめましたが、数日で定員オーバーになりましたし、やってみたら非常に面白かった。言葉にできないような「なんかすごいこと」が起こるんです。学びの場においては知識や肩書きが関係なくなり、学力テストで生まれる序列ではない可能性がそこにはあるなと感じました。「知りたい」「勉強したい」と思って集まる人に対して、好奇心を満たせるような旅、というのが基本の要素なのかもしれません。
*第1回「旅する大学」@鳥取県大山 開催時の写真。
「山に生きる、山と生きる」をテーマに、文化人類学者や住職の方を講師に招き、大山寺境内や大山山麓で、参加者とともに学びを深める。
撮影者:JTB総合研究所社員

大事なのは、いますでに起こっている、誰も気づいていない小さな「兆し」を捉えること

探検隊

このインタビューでは、文化人類学の視点から考える「5年先の旅」についても、お伺いしてみたいのですが‥

松村さん

占い師ではないので、5年先がどうなっているか、ということはわかりません。(笑)
そもそもの前提として、「問い」を立てた瞬間に、ある程度は答えが制約されてしまいますよね。人類学は、「その問いの立て方でいいのか?」を考えることを頑張る学問です。問いの裏側にある「暗黙の前提」を問う。コロナで観光業界に身を置く皆さんは「未来なんて予測できない」ことを嫌でも実感したのではないでしょうか?

 

松村さん

つまり、その問いでいいのか、と考えること自体が重要なんです。そのうえで、未来は予測不可能であることを前提にしても、「5年先を考えること」にどのような意味があるのか?を検討していくべきだと考えます。
昨日からしたら、今は「1日先の未来」にあたりますよね。現在の延長に未来がある。未来を考えることは、現時点でなにが起きているのかを捉えることです。つまり、現場でいま何が起きているのかを把握することが必要です。なにが明日起きていくのかを考えるには、今日起こっているけど小さすぎて誰も気づかないような動きや兆しを捉える必要があります。
わたしが目にしていることから、例えば「旅する大学」という取り組みを面白いと思っている人が世の中に「いま」いるよ、とお伝えすることはできる。おそらくは、みなさん自身が観光の現場で見ていることこそが重要ではないでしょうか。

探検隊

わたしたち探検隊は俯瞰から見える「兆し」を捉えがちですが、当事者の立場で見える「兆し」も捉えなければならない。立場、環境、視点を変えて考える必要があると思いました。

松村さん

その通り、わたしがいま研究していることも同じです。俯瞰すれば、新聞に出ているような事件などの大きな流れはわかるけど、言葉になっていないような、社会の変化や人々の感覚などは、実際に身を置かないとわからないことがある。自分なりに捉えるのは時間もかかりますが、その場に身を置かないとわからないことがある、というのが人類学の立場です。
また、この社会の一端を担う当事者として、どういう社会を作りたいのかという「意思」を確認していくことも必要です。「5年先」について、距離をとって分析すべき「現象」としてみるのではなく、観光を通してよりよい社会や、人々が幸せになるには、なにが必要なんだろう?と、一当事者としてすべきことを考える。その議論は、遠い道のりですが必要なのではないかと思います。

今回の探検で見つけた「芽」

この探検隊で見つけたいものは、5年先の旅がどうなっているかの「占い(予測)」ではなく、様々な方の視点を通して、「5年先の旅のカタチ」がどうあるべきかを考えるための「芽」であり、それがわたしたちの意思につながることに、改めて気づかされました。「5年先は占い師じゃないからわからない」と言われたときには、一瞬ドキッとしてしまいましたが…「なぜこの問いを立てるのか?」「この問いでいいのか?」の思考が抜け落ちてしまうことは、読者の皆さんの気付きにもなったのではないでしょうか。いま身の周りで起きているけど誰も気づいていない小さな兆しや小さな波を、地道に見つけていくことを、この探検隊でも、自分の日常生活でも、大切にしていきたいです。(KMI)