本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない、様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、人とAI(ロボット)を一体のシステムとして捉え、その全体を最適化する研究アプローチ(Human-Agent Interaction)から、ドラえもんを本気でつくる大澤正彦さんにお話を伺いました。
Profile
大澤 正彦 さん
日本大学 文理学部 情報科学科准教授。次世代社会研究センター(RINGS)センター長。博士(工学)。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,600人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE CIS-JP Young Researcher Award (最年少記録)をはじめ受賞歴多数。新聞、webを中心にメディア掲載多数。孫正義氏により選ばれた異能をもつ若手として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて認知科学若手の会を設立、2020年3月まで代表。著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』、『じぶんの話をしよう。- 成功を引き寄せる自己紹介の教科書(PHP研究所)』
自分の夢を守る上で身に着けた「強さ」と「優しさ」
探検隊
まずは、大澤さんの自己紹介をお願いできますでしょうか。
大澤さん
僕の自己紹介は一言ですべてが完結するのですが、「ドラえもんをつくるのが夢です」ということをお話しています。「ドラえもんをつくりたい」って、今は違和感なく受け入れていただけますが、これまでは「はい、はい・・・」といった感じで流されてしまうことの方が多かったんです。ただ、仲間が増えたり、研究というものに向き合ったり、自分の想いを人に伝えていく力とかを身に着けていくことで、ちゃんと自分の夢を追いかけられるようになってきたな、と思っています。物心ついた時からの夢ではありましたが、胸を張って「ドラえもんをつくることが夢です」と言えるようになったのは、まだ10年くらいですね。
探検隊
胸を張って「ドラえもんをつくる」と言えるようになってからの10年間で大きく変わったことはありますか?
大澤さん
「ドラえもんのつくり方」のイメージが変わったと思います。最初は、「誰よりも賢くなって、誰よりも技術力を身につけて、全員ぶっ倒してドラえもんつくりきる!」という思想が近かったような気がします。今は、「誰も倒さず、みんなと仲間になってドラえもんつくる!」という思想に変わりました、真逆ですね(笑)。
先ほどもお話ししましたが、最初の頃は、「ドラえもんつくりたい」って言っても「はい、はい・・・」と言われてしまう。そういうリアクションをされたら、その相手を倒すしかないと思う、だからこそ相手をいかに黙らせるドラえもんをつくれるか、という思想だったんだと思います。ただ、今は、自身のコミュニティでの活動などを通じて、いかに自分たちがつくるドラえもんを好きになってもらうか、いかに仲間と一緒にやれるか、といった思想を持てるようになっていったと思います。
探検隊
ドラえもんのつくり方のイメージが変わったことは、夢を守るための手段も変わった、ということでしょうか。
大澤さん
この10年間を改めて振り返ると、ドラえもんつくるための「強さ」と「優しさ」を両方身につけ始めたことが大きいかなと思います。「相手を倒すしかない」と思うことは、弱さの裏返しだなと思っています。それまではきちんと研究をしたことがなかったので、まだできてないものを「できる」と主張する手段なんてなかったですし、できる実力や実績も示せていなかった。でも、「研究」というものを得て、きちんと相手を納得させられるロジックとか、技術を示したうえで、自分の夢を守る「強さ」と「優しさ」を手に入れた、ということは大きな変化だと思います。
リーダーシップではなく「フォロワーシップ」
探検隊
大澤さんの専門分野とされている「情報科学」は、ドラえもんをつくるためには何が必要か、からの逆算で興味を持たれたのでしょうか。
大澤さん
だいたいそのような感じです。小学生ぐらいからロボットを作り始めて、作るのは苦手じゃなかったんですが、操縦が下手で。これはもう自動で動かなきゃダメだって思って、電子工作を始めました。電子工作だけだと限界があるなって思っていた時に、プログラミングとかを学び始めました。プログラミングがまさに情報科学なので、自分の軸になりました。
ただプログラムを書くだけではまだまだ足りないから、人工知能、認科学、神経科学なども必要、となっていったのですが、全部一人で学んで一人でつくってるだけじゃダメだと気づきました。そうすると、他の人と一緒にやっていくために組織論、といった形で、また学びを深める。ドラえもんをつくる上で必要なものは何でもやる、という覚悟を持って、どんどん自分の幅を広げてきたかなと思います。
探検隊
一人でつくっているだけではだめ、という話がありましたが、大澤さんは次世代社会研究センター(RINGS)センター長としてもご活躍されています。研究センターは大澤さんにとってどのような場所ですか?
大澤さん
研究センターで掲げているキャッチフレーズは、「100人で100人の夢を叶える」です。それっぽいこと言っているようにも聞こえると思うのですが、結構貪欲なこと言っているつもりです。一人の夢を100人で協力して叶える、その関係性が100人全員の夢に対して成立している状態を作りたいと思っています。自分の道を極めている人たちが、あらゆる協力関係を当たり前のように結んでいて、みんなの頑張りが自分に反映されるし、自分の頑張りがみんなに反映される。研究センターは、「ドラえもんをつくるセンターですよね」とよく言われますが、イエスでもありノーでもあるんですよね、100人分の夢の一つに「ドラえもんをつくる」っていうのがあるので。ただ、ドラえもんをつくるためだけのセンターじゃなくて、「そこにいる全員の夢がちゃんと叶っていく」パワーを作りだす場所でありたいと思っています。
探検隊
センター長として、なにか心掛けていることはありますか?
大澤さん
「リーダーシップ」みたいなことをよく言われるのですが、僕の強みは「フォロワーシップ」だと思っています。僕には「いいね」って話を聞いてくれる仲間が必ずいつも側にいてくれたし、そういう仲間と一緒にやった時は上手くいきました。言いだしっぺになることは、勇気さえあればできるんですけど、その言いだしっぺに対して、「いいね」って誰かが言った瞬間、それがイノベーションに変わったりするじゃないですか。そういう経験もあるので、僕の研究センターでの役割は「リーダーシップ」ではなくフォロワーである、ということを徹底しています。
「大澤に言ったら絶対どうせ「いいね!」って言われる」、「やらざるを得なくなるんだよなー」みたいな。そういう存在になればいいと思っています。「めっちゃいいじゃん!やっちゃおうよ!」って背中を押す、自信をつけてあげる担当ですね。それこそ「ドラえもん」のような存在でしょうか。嫌なことがあったのび太が必ず泣きつく先はドラえもんですよね。ドラえもんが解決するためのひみつ道具を出してくれる・・最後は残念なオチになりがちですけど・・それでも物語が進んでいるのってすごいなって思うんです。誰かの心に生まれた「モヤモヤ」や「ワクワク」から、ちゃんと物語が進んでいくための「ドラえもん」となれる場を、研究センターとしてできたらいいなって思っています。
技術進歩が早い現代に必要なものは「暇」、「余白」
探検隊
「5年先」についても少しお話をお伺いできればと思います。
大澤さん
僕らの研究領域から言うなら、「未来予測は不要、意味がない」です(笑)。なぜかというと、テクノロジーが早く進みすぎて、もはや専門家ですら技術予測っていうのがしきれなくなっているところがあるんです。Chat GPTがこのタイミングで出てくることを予想していたんですか?と聞かれることがありますが、「予想できないことを予想していたので、「予想通り、予想外」でした」と答えるようにしています。
僕らの研究領域からっていう意味では、「この技術があればこんな旅行できるよね。」という、想像もしていなかったようなものが出てきた時、人はそれを受け入れるだろうか?ということが問いになってくる気がします。例えば、遠隔操作ロボットで旅行に行ける、ということ自体は皆さん驚かないじゃないですか。でも、その旅行を、人が受け入れられるのか、受け入れる準備ができている人ってどれくらいいるんだろうか?とか、そういう問い。
探検隊
テクノロジーが早く進みすぎているこの世の中、どう生きればいいですか・・・
大澤さん
「暇にしておくのが一番」じゃないでしょうか(笑)。真面目な話で、新しい技術を取り入れた人が、次の時代をどんどん生き抜いていくわけじゃないですか。一生懸命働いていたら、目の前の仕事でいっぱいいっぱいになって、新しい技術を取り入れられない。だから、この時代において、今やるべきことは、「暇を作っておくこと」であると思います。
探検隊
新しい技術を取り入れるだけの「余白」を作っておくみたいなイメージでしょうか?
大澤さん
そうですね。僕が「5年先の旅」をどう考えるか?となると、「定期的に旅行の予定を入れておくのが大事」っていう世の中になる可能性はあると思っています。定期的に旅行に行くことで、旅行の道中で本を読むとか、触ったことなかったサービスに触ってみるとか。旅は何をしていてもいい時間だし、新しいことをアップデートできる時間でもある、みたいな。普段の生活から離れて、思考を落ち着かせられる時間、スケジュールを確保しておくことが、これだけ技術進展や環境の変化が早い世の中でやるべきことな気がします。
例えば「毎月最後の土日は、必ず旅行に行かなければならない」ということを、1年前から全部スケジュールに入れておいて、その土日で1ヶ月を振り返ったり、世の中で出てきたものを収集して、明日の仕事でこれやってみるか、みたいな。
探検隊
面白いです。自分のそれまでを振り返る時間をあえて作り出すための「手段としての旅」、「余白をあえて生むための旅」、みたいなものが、もしかしたら必要なのかもしれない。
大澤さん
旅行するのに忙しくなった方がいいと思います。テクノロジーの進化によって、昔は8時間やっていた仕事が7時間でできるようになったら、そこで生まれた1時間は旅行に使うことにする。その旅行の時間で、新しい技術や考えをアップデートしていく、というような循環があってもいいなと思います。
今回の探検で見つけた「芽」
「ドラえもんをつくること」を軸に、自身の技術はもちろん、周りを巻き込むためのコミュニケーションや組織論にも本気で取り組む大澤さんの姿には、この探検に必要な「芽」をたくさん授けていただけました。新しい技術が次々に生まれてくるからこそ、それを取り入れるだけの「余白」を生み出せるか…。目の前の忙しさにいっぱいいっぱいになってしまいがちですが、少し「暇」を作って日頃を振り返る、あるいは新しい技術に触れあう時間を提供することが、これからの旅に求められることであり、提供すべき「価値」なのかもしれません。また、この探検隊も、そんな「暇」や「余白」を持つ時間に少しでもお役に立てれば、と思いました。(KMI)
この連載について
連載
新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~
これからの観光や旅行がどうなっていくのか・・・今後のトレンドの把握と変化の兆しをとらえることを目的に、「新しい観光の芽 探検隊」を結成しました。旅行分野にとどまらない様々な分野における第一人者への「探検(=インタビュー)」を通して、それぞれの方が考える「5年先の旅」とはどのようなものかを考えます。本コラムでは、探検隊による探検記(=インタビューの様子)をお届けします。