連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第8回】書家・小杉卓さんに聞く、5年先の旅のカタチ

書家として幅広く活躍する小杉さんが考える、言葉とその背景を明らかにする「書」とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない、様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
書家として個展や教室、地域や企業のコミュニティデザイン、海外でのパフォーマンス活動など、幅広くご活躍をされている小杉卓さんにお話を伺いました。


Profile

小杉 卓 さん

小杉 卓 さん

 
1990年生まれ。栃木県鹿沼市出身。国際基督教大学(ICU)教養学部卒業。
祖母の書道教室で書をはじめ、これまでに茅島貫堂、鶴見和夫の各氏に師事。2017年から2018年にかけてパリに滞在し研鑽を積む。現在は鎌倉を拠点に活動。「書の教室 鎌倉山」を主宰。作品の展示やデザイン提供のほか、書のライブパフォーマンスを披露したり、国内外の美術館や大学での講演・ワークショップを実施している。近年は、音楽と言葉の表現の試みとしての舞台表現「音と言葉の間」に取り組んでいる。企業CMへの出演やワークショップなど、作品制作のほかロゴデザインやイベント企画を手掛ける。
 

心を動かされ、人の心を動かしてきた「書道の魅力」

探検隊

小杉さんは大学卒業後、日本マイクロソフト株式会社でもご活躍されていましたが、そもそもなぜ書道の道に進むことになったのでしょうか。

小杉さん

祖母の書道教室で書道を始めて、小学生のころから書道がすごく好きで年を取ってからもずっと続けていこうと思っていました。そのころの書道への取り組み方は、お手本通りに書いてコンクールで賞を取ることが目的だったのですが、その目的が大きく変わったきっかけが2011年の東日本大震災でした。当時大学生だった私は災害ボランティアとして岩手県大槌町の避難所に伺い、たまたま趣味の話の中で書道についてお話ししました。すると「せっかくだから何か書いてもらえませんか?」というお話を頂けたんですよね。そのときに初めて”手本のない作品づくり”に向き合うことになりました。再び大槌を訪れたときに作品をお持ちすると、依頼主の方がすごく喜んでくださって、「書道は人の心を言葉で動かすことができる」ということがすごく嬉しかったですし、驚きました。大学卒業後も展示会の開催や企業とご一緒させてもらう機会、応援してくれる方が増えてきた中で、自分は今ここでもっと深く書道に取り組みたいなと思うようになりました。

探検隊

避難所で依頼された初めての”手本のない作品づくり”では、どのようなことを意識して取り組まれたのでしょうか。

小杉さん

今も自分が作品を作る上ですごく大事にしている部分なんですけど、そのお声かけくださった方にとっての「一番大切な言葉」って何だろう、自分だったらどう書くことができるんだろうか、ということをまず考えたんですよね。作品づくりのきっかけをくださった方々は、地域でお囃子をやっていて、街が瓦礫で埋め尽くされてる中でもお囃子の練習をされてたんですよね。その地域で大事にされているお囃子(鹿子踊)と地域の結びつきのお話を伺いながら、テーマを決めていきました。作品は「鹿鳴」というものなんですけど、例えば「鹿」という文字は昔の絵のような文字、甲骨文字。古典のなかには多くの書体・書風があるので、書体辞典などからこれまで書かれてきた文字の成り立ちや歴史に触れながら、過去に積み重ねられてきたものと今目の前にあるものを考えながら作品に向き合いました。

探検隊

表現する言葉や書体を決めた後にも、例えば和紙の素材、文字の滲み方など様々な表現方法があると思うのですがどのように決めていくのでしょうか。

小杉さん

書く前にある程度固まっていることもあれば、書きながら入れ替えていく2 通りのアプローチがあります。どれくらいかすれている方が、もともと想像していた作品に近くなるのかある程度イメージが出来ていても、やっぱり素材は生き物なので和紙も墨も気温や湿度で状態を変えます。この季節にしか出ない滲みもたくさんあるのでそこはすごく大事にしています。和紙は都内でも買えるけれども、例えば土佐に行って、その場所ならではの和紙を選ぶことでも自分の感覚や向き合い方が変わってくるんですよね。

 

 

書道は「言葉」の背景を明らかにしていくことであり、あくまで手段の1つ

探検隊

小杉さんの作品づくりの中心にあるのは、やはり「言葉」とその言葉の裏側にあるものをいかに表現していくか、なのかと感じたのですが、1番大事にされていることは何でしょうか。

小杉さん

大事にしたいことはやっぱり「言葉」だと思っているんです。その場にふさわしい言葉をいかに導き出していくかということに全力を注ぎたいなと思っていて、そうすると自然とその言葉の背景にあること、その言葉が本当に意味したいことに対して広がっている円が見えてくる。その円を少しずつ明らかにしていくことで、その中心にある言葉がより確かになっていくという考え方で作品を作っていきたいなって思っています。

探検隊

例えば旅行の思い出もその背景と一緒に「言葉」として残すことはありますか。

小杉さん

自分は旅の中であまり写真を撮らないんですよ。例えば花火大会に行った時にスマホで花火の写真や動画を撮る人って多いじゃないですか。記録に残しておきたい気持ちもあるんですけど、なるべく自分の肉眼で見ていたいし、香りを嗅ぎたいし、身体で聞きたい。花火を見た後に「花火」という言葉に対してどれだけ鮮明なイメージを持てているかが重要だと思っています。旅においても同じです。自分へのインプットを狭めずに、自分がその時に何を感じたのかをメモとして残しておいて、家に帰ってきてから作品として表現することはありますね。

探検隊

小杉さんはパリで1年間過ごされたご経験もお持ちですが、海外での生活で「書」への想いや向き合い方は変わりましたか。

小杉さん

パリの暮らしでは、日本語の特殊性に直面したと思っています。普段我々が話している日本語にはひらがな、カタカナ、漢字という文字があって、漢語として中国から入ってきた言葉もあれば、日本オリジナルの言葉が混ざり合っています。漢字の場合、例えば「鹿」という字を見た時、日本人は文字の成り立ちから鹿の絵まで遡れるわけですよね。英語の場合は「Deer」で、発音の組み合わせですよね。日本語は1文字で情報量がとても多い。文字を絵画的に見るのか、記号としてみるのか、というスタンスも変わってきます。日本語に触れていない方々に書道を伝えるときの難しさを感じたし、それが上手く伝えられたら面白いなって思うんですよね。

 

 

探検隊

言語の違いによっても表現の仕方が変わってくるということですよね。小杉さんは訪日外国人向けメディア「MATCHA」で地域や企業などのコンサルティングも行っていますが、その中で書道の「言葉」に対する考え方が役立っている場面はありますか。

小杉さん

必ずしも地域に多くの旅行者が来ることがその地域や企業をハッピーにするとは限らないので、プロジェクトではその地域や企業が外国の方々とどのように向き合っていきたいのか、どういう未来を作っていきたいのか、何を伝えたいのか、を大事にしています。また、自分としては「意思が通った言葉」を作って伝えていきたいと思っています。書道は1つの手段だと僕は思っていて、毛筆、鉛筆で書くのも、タイピングで文字を打ち込むことも、SNSで発信することも、自分が持っている言葉を何かしらで表現させた瞬間にそれはその人の「書」だと思っているんですね。地域や企業で書道のワークショップをすることがあるんですけれども書道を通して、ある一つの言葉のイメージ、中身を聞いていく、あなたにとってのこの言葉はどんな言葉なのか考えてみませんか?という聞き方をしていくと本質が見えてくると思っています。

 

この先、書を通して伝わり、伝えるべき様々な想い

探検隊

書道のワークショップを通じて子供から大人まで「言葉」の本質を一緒に考えていると思いますが、5年先、未来の書道はどんな姿になっているでしょうか。

小杉さん

必ずしもポジティブな将来像ばかりではありません。今は小中学校で全員が書道を習いますよね。それってすごく良いことだと思うんですけど、正しさを追求する今の教え方だと書道を好きだと感じる人は多くないんじゃないかなと思ってしまうんですね。もちろん、日本語として正しく美しく文字を書くこともすごく重要なんですが、赤ペンを入れられ、間違いという感覚をどうしても植え付けられてしまう。一方で高校の選択授業では美術として美しさを深めていきましょうという方向に変わる。小中学生の頃から、言葉や文字の先には色々な世界があるんだよってことを自分はもっともっと伝えていきたいと思っています。

 

同じ「旅」という文字でも書き方でそれぞれ異なる意味を表現できる

探検隊

書道は文字の歴史や書いた人の想いとか多くの知るべきことがたくさんあるはずなのに、その背景を知る機会があまりないですよね。旅行の中でその背景を体感できる場面があるとよいですよね。

小杉さん

古い建物には多くの「書」や「石碑」があるじゃないですか。なぜここにこの言葉があるのだろうとか、誰が書いたのだろうとかを考えることが大事だと思っています。今までの歴史の中で一番長くデータを保存できた記憶媒体っておそらく石なんですよ。我々がパソコンやクラウドに保存したものが4000年後も残っているかというと多分残っていないんじゃないかと思っています。今は効率的に文字をたくさん出力できるようになっていますが、それは本当に残したい言葉なのか、ということは今一度問うてもいいんじゃないかと思います。旅はそういう風にして残された貴重な言葉に触れることができる良い機会だと思います。

探検隊

小杉さんが5年先、「書道」を通して挑戦したいことはありますか。

小杉さん

ファッションの業界に書を入れたいと考えています。パリコレとかのステージ上を歩いている服に言葉があったらもっと面白いんじゃないかなって思っています。一つのブランドに対して、彼らがつくり上げようとしている作品の想いを聞いて、彼らにとってその服で何を表現したいのか、自分が言葉で何を表現したいのかを擦り合わせた時に初めてその手段として服に縫い付けることなのか、プリントすることなのか、投影することなのか、その場で書くことなのかっていうことが決まってくると思っています。その擦り合わせができるくらいの関係性をまずは構築していかなければいけないですし、ファッションに負けない「自分の書」を作っていけたらと考えています。

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

今回の探検で発見出来たのは、書道は、言葉とその背景にあるものを表現するための一つの手段でしかないということでした。私たちの日々のコミュニケーションにおいても相手の「言葉」の背景をいかに読み解き、本質を見抜くかが重要であると同時に、それを自分に出来る手段で伝えていかなくてはならないことを改めて感じました。また、最近は旅行でも何かと目の前の美しい風景を写真に残そうとしてしまいますが、その瞬間の出来事を五感で感じたことと共に「言葉」として記録が出来たら、もっと素敵な思い出を残したり、表現することが出来るかもしれません。(YVR)