本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
料理人としてアマゾンカカオの輸入、レストラン経営、お菓子の製造など、幅広くご活躍をされている太田哲雄さんにお話を伺いました。
Profile
太田 哲雄 さん
1980年、長野県白馬村生まれ。料理人として、イタリア、スペイン、ペルーと3ヵ国で通算10年以上の経験を積み、2015年に日本に帰国。イタリアでは星付きレストランからミラノマダムのプライベートシェフ、最先端のピッツァレストランで働き、スペインでは「エル・ブジ」、ペルーでは「アストリッド・イ・ガストン」などに勤務。現在は、料理をする傍ら、アマゾンカカオ普及のため幅広く活動している。
世界へ羽ばたくきっかけとなった様々な国の方々との出会い
探検隊
シェフを目指す前の幼少期はどのように過ごされていたのでしょうか。
太田さん
私は長野県の白馬村生まれで、実家は宿泊業を営んでいました。夏はマウンテンバイクの世界大会や、冬はオリンピックなどがあり、様々な国の選手が滞在されていました。ちょうどオリンピックが終わるころに高校卒業だったので、それをきっかけに、世界に出てみたいと思いました。ヨーロッパの人々が持つ空気感が好きで、フランスかイタリアに行きたいなと思っていましたが、最終的にはその時宿泊していたイタリアのお客様に勧められてイタリアに行こう!と決めました。幼少期から、美術やクラシック音楽などに親しんでいたので、そんな影響もあったかもしれません。小さいときから食べ歩きが好きだったんです。あまり一般的ではないと思いますが、中学や高校生くらいの頃から、東京などによく行って、いろんなレストランやパティスリー、チョコレートなどの職人さんのところに食べに行くのが趣味でした。その延長線上で、イタリアに行ってからも、日本から持っていった本を頼りに、色々なレストランを巡っていました。
探検隊
イタリアという世界に飛び出し、最初は語学学校に通っていたかと思いますが、そこからシェフの道に進まれるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
太田さん
当時、通っていた語学学校では、週末にどんなところに行ったかをイタリア語で紹介する授業がありました。私はそこで、先生達ですら行かないような高級店に食べに行った話を、単純に美味しかったということだけではなく、例えば、「伝統的なミラノ風カツレツが、新しく現代風に解釈されていて、その解釈は…。」といったような話をしていました。先生も他の生徒たちも、ポカンとしていましたね。(笑)それを見ていた校長先生に、「そんなに食べるのが好きだったら、いっその事レストランで働いてみたら?まかないもあるし、全部満たされると思うよ」と言われ、料理人の世界に入ってみようかな、と思ったのがきっかけです。もともと、食べ歩きをして、その味を再現するのも好きでしたし、子どものころからレシピ本をみて、料理をするのも好きでした。自分が作ったものを食べた人が喜ぶ顔を見るのが嬉しい、というのもあったと思います。
探検隊
その後はイタリアでしばらく料理の修行をされたのでしょうか。
太田さん
「料理は自己流ではなく、基礎的なことを身に着けてからイタリアで修業をした方が伸びるよ」と周りにアドバイスされ、一度日本に帰って料理の勉強をしました。その後、イタリアに戻ったのは23歳頃です。イタリアで入りたいレストランは決まっていたので当時、日本の道玄坂の電話ボックスからイタリアのレストランに電話をかけて、「働きたいんですけど…」と連絡して(笑)、今思えば、よく受け入れてくれましたね。
アマゾン料理人へと導いた順応力とブレない芯
探検隊
現在は、アマゾンカカオの輸入、レストラン経営、お菓子の製造の3本柱でお仕事をされていらっしゃいますが、イタリアでのご経験からどのようにそれらに行きついたのでしょうか。
太田さん
そうですね。働いていたレストランで、お菓子を作る機会が多かったというのはあると思います。イタリアでの修行後は、世界の最先端で勉強してみたいという気持ちがあり、イタリアの友人に相談したところ、「スペインが今すごく面白いから行ってみるといいよ」と言われ、そのままニース、南プロヴァンスをぬけて、スペインのカタルーニャ地方まで車を飛ばしました。そのスペインのレストランで一口料理を食べた瞬間、「スペインに呼ばれている」と感じ、すぐに行くことを決めました。その後、スペインの次はどこで修業をしようかと思った時に、スペインでは、スペイン語を話す中南米の人たちがたくさんいて、中南米のことや料理の最先端の話を耳にすることが多かったんですね。それで、次に中南米に関心を持つようになりました。最初はブラジルに行こうと思っていましたが、意外と今はペルーが面白いという話を聞き、ペルーに行くことにしました。
探検隊
お話を伺っていると、様々なご縁に恵まれ、とてもフットワークが軽く、向上心が強いと感じました。何か行動する上で大切にされていることはありますか。
太田さん
私はものすごくポジティブ思考なんですよ。ネガティブに捉えると坂道って転がっていくしかないんですね。世界には本当に日の光が当たらない人がごまんといるし、紛争で苦しんでいる方々もいます。当時ウクライナの方と 5 年半ぐらい一緒に住んでいて、その方のイタリアに渡ってきた壮絶なストーリーを聞くと、日本ってやっぱり恵まれた国だなと思います。そういう人達って常にポジティブなんですよね。海外で生き残るためには順応出来るか、出来ないかなんです。順応出来なければ淘汰され、順応力がある人ほどたくましく新しい道を切り開いていけるなと思うので、自然とそういう生き方になっていたのかなとは思います。色々なチャンスは平等に人の前に現れます。自分の人生のうち、大きな1回のチャンスを待つのか、小さなチャンスでも満足するのかで言うと私は小さなチャンスでも満足する方なので、人に評価されるのではなく自分がいいと思うものを一度しかない人生で選び続けています。その中でもブレない芯を持つことは大事かもしれないですね。
探検隊
順応力って、すごくいい言葉ですね。現在は軽井沢を拠点にされていると伺いましたが…。
太田さん
長野県は自然も豊かですし、ゆったりとしたスペースを持てる。日本でもゆったりとした場所でやりたいというのが一番の理由ですね。とはいえ、ここじゃないと絶対ダメというのはないですね。どこでも順応して生きていけると思っているので、ご縁を大切にしたいと思っています。アマゾンでチョコレートの原材料の裏側を見たとき、当時料理人は料理だけを作ればいいという時代ではなかったんですよね。自分なりに取り入れられる部分はないかと思って現在のカカオチョコレートの仕事に着手しました。今は2000相当の農家を抱えていて、彼らの未来を支え続けなきゃいけないので、料理というもの自体に拘るのではなく、それはお菓子でもいいし、今後も自己表現をし続けられればいいかなと思っています。今の「カカオの輸入と卸し」、「料理人」、「お菓子作り」の3本軸でバランスを取りながら時代の流れに乗っていければいいなと思っています。
食は1つのコミュニケーションツール、自分の目で見た真実を伝えていく
探検隊
料理の世界を通じて得られたことや、見えてきたものはありますか。
太田さん
「美味しい」というのは例え言葉が分からなくても使われる世界の共通言語で、食の分野は世界に入りやすい。食を通して見えてくるものが沢山あって、例えば食と宗教の文化は密接に結びついているので、なんでこの日にこれを食べるのか、食べてはいけないのかなどの文化背景が見えてきます。人種によって美味しいと感じるものも違っているので、CTスキャンを取って腸の長さや歯など体の構造の違いを調べたこともありました。そういう人の起源や、どのように食文化が生まれたのかという背景を、食という一つのコミュニケーションツールをきっかけに知っていくことが出来るのかなと思っています。
旅は変化していく時代の流れを感じることができるインプットの場
探検隊
食を一つのコミュニケーションとして考えられている太田さんですが、活動をする中での旅の役割はどのよう
なものだと思いますか。
太田さん
人に何かを紹介する仕事をさせて頂いているので、旅はインプットの場で、日本に帰ってきて、皆さんにお話をしたり、今後の作品作りに活かしたりすることがアウトプットだと思っています。何回行った場所でも新しい発見はあるので、変化していく時代の流れみたいなものを感じています。イタリアで言うとミラノのような大都市は 10 年前と今ではものすごく違うんですよ。旧市街地がなくなって、新しい商業施設に変わったり、老舗お菓子屋さんも表向きは昔のままなんだけど、パッケージがモダンになっていたりします。なぜそうなっていかなければならなかったのか、なぜそんな 300年の老舗が今の時代の流れについていけなかったんだろうか、みたいな背景を自分なりに考察することも含めて旅なのかなと思っています。未来5年、 10年後においても街がどう変化しているか、そこに住んでいる人たちがどう変化しているか、と自分の目で見て答えを出していくことが自分にとっての旅なのかなとも思います。私はアマゾンに入る機会も多いので、人だけではなく、原生林が失われることとか環境や地球全体の変化を、旅を通じて自分の中に落とし込んでいます。
探検隊
現代では必ずしも現地に行かなくてもSNSなどで旅のインプットは出来ると思うのですが、太田さんにとっての現地でコミュニケーションをとる価値はどのようなものでしょうか。
太田さん
詳覧に勝るものはないと思います。本場のイタリア料理はこうですよということを映像や書物を見て話すことはできますが、体感した人としてない人の言葉の重みは全然違う。子供たちに講演することもあって、よりリアルな実体験をきちんとお話ししたいっていうのがあるんです。その方がより真実を話せているので、自分自身も納得しますし、人にも伝える熱量がこもるのではないかなと思います。自分が憧れている人はみんなそういう風にして行動されている方が多いので、自分もそのようにしていきたいと思っています。
今回の探検で見つけた「芽」
今回の探検で発見し、驚かされたのは、太田さんの“順応力”でした。「食」を通じて自身のすべきことを追求し続けるブレない芯があるからこそ、どんな環境、時代にも順応し、羽ばたいていけるということを学びました。そして今後も「食」というキーワードが世界の入口になって、世の中の問題や背景が浮き彫りになり、世界が繋がっていくのだろうと思います。(YVR)