連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第12回】エジプト考古学者・大城道則さんに聞く、5年先の旅のカタチ

日本で数少ないエジプト考古学者である大城道則さんが考える、エジプト研究から見えてきた日本人らしさとは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、長らくエジプト考古学を専攻し、現在では駒澤大学文学部教授として教鞭を執る傍ら、テレビ出演、書籍の執筆、YouTubeへの動画投稿など、様々な媒体で古代エジプトの魅力を発信なされている大城道則さんにお話を伺いました。


Profile

大城 道則 さん

大城 道則 さん

 
駒澤大学教授。関西大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。英国バーミンガム大学大学院古代史・考古学科エジプト学専攻修了。2003年より駒澤大学文学部歴史学科外国史学専攻専任講師。2014年より現職。博士(文学)。エジプトをはじめシリアのパルミラ遺跡、イタリアのポンペイ遺跡などで発掘調査に携わる。おもな著書に『古代エジプト文明〜世界史の源流』(講談社)、『古代エジプト死者からの声』(河出書房新社)、『図説ピラミッドの歴史』(河出書房新社)『神々と人間のエジプト神話:魔法・冒険・復讐の物語』(吉川弘文館)ほか多数。
 

エジプト考古学研究への道のりと現在地

探検隊

大城さんがエジプト考古学に興味関心を持ち、研究者・大学教授になろうとしたきっかけは何だったのでしょうか?

大城さん

子どもの頃、僕の家はテレビでスポーツかドキュメンタリー番組しかつけないような家庭でした。そのため、当時から歴史やエジプト関係の番組をよく見ていました。また、父親が「埋蔵金」が好きな人で、それに関連した書籍を数多く持っていました。そういった環境だったこともあり、僕は子どもの頃から歴史が好きだったんです。また、僕は本を読むこと自体も好きで、家の中にある本を沢山読んでいました。それから時は流れて、大学へ入学する際に将来就きたい職業を考える機会がありました。そこで想ったのが小説家などの本を書く仕事でした。いつかは本を書きたいと想いつつ、エジプトやインカなどについても興味があったので、エジプト史の先生がいる大学を選んで入学しました。大学での研究を進めていく中で、好きなことを突き詰めることができる研究者・大学教授という職業に興味を持つようになりました。大学教授には夏休みや冬休みがあるというところも実は魅力的だったのですが(笑)。その後は研究者として留学や海外の現地調査に参加していくことでキャリアを積み現在に至っています。

 

 

探検隊

現在では大学教授として活動なされることが多いかと思いますが、その中で最近大城さんが力を入れているお仕事はなんでしょうか?

大城さん

現在の大きな軸は2つあります。1つはエジプト研究ですね。多い時で年に4回ほど現地を訪れて、遺跡発掘や調査などを実施しています。もう1つは本を書くことですね。先ほども将来は小説家になりたいと言ったように、最近では本を沢山執筆しています。学術書・研究書を書くことが多いですが、最近だとエッセイ本やエンタメに寄った本も執筆しています。その他に力を入れていることだと、YouTubeでの発信ですね。これは息抜きと学生とのコミュニケーション、大学への受験者数増加を目的に行っています。あと、大学での授業も毎週欠かさず行っていますよ(笑)。

 

 

エジプトを研究しているからこそ見えてくる「日本人らしさ」

探検隊

ここからは大城さんのエジプト研究について詳しくお伺いできればと思います。
大城さんはこれまで何十回と研究のためにエジプトなどの現地に赴かれてきたと思います。その際に、印象に残っていることはありますか?

大城さん

「人との付き合い方」は面白いと思いました。毎年同じ調査で、同じ場所に赴き、同じ人と話をする。その中で、現地の人の対応が日本人である僕と他の海外から来る調査員では全然違うことに気が付きました。というのも、現地の人の日本人に対する印象が非常に良いんですね。特にエジプトは日本の学校教育のシステムを導入するなど、日本に対するリスペクトが高い国です。僕はどうして日本人に対する印象が良いのかが気になって現地の人に理由を聞いてみたことがあります。彼らが言うには、「日本人は僕らと同じレベルで話をしてくれる。他のヨーロッパの国の人は同じテーブルでご飯を食べてくれない。でも日本人は一緒のテーブルでご飯を食べ、話をしてくれるんだよ」と。その話を聞いて、「目線を合わせる」という日本人の人との付き合い方の特性に初めて気が付くことができました。

探検隊

「人との付き合い方」の違い、大変興味深いです。そこで大城さんが現地の人とのコミュニケーションで気をつけていることは何かあるのでしょうか?

大城さん

まずは何回も現地に赴き、そして挨拶をすることです。アラブの世界では挨拶をすることが基本中の基本です。これを何回も繰り返し行うことが、顔と名前、性格などを覚えてもらい、信頼を得ていくことに繋がります。古代エジプト研究では、許可が必要なものが沢山あるんですよ。例えば、遺跡の中は一般人立入禁止といった感じで。そういった場所に入るためには、現地の人からの信頼を得ることが何よりも大切となります。だから、何度も現地へ赴き、顔を合わせて会話をすることが非常に重要なのです。また、相手が提案してくれたことに乗ることも大切ですね。お茶を飲むかと聞かれたら飲む。バイクに乗ってみるかと聞かれたら乗る。なるべく相手に合わせることを心掛けています。そして、片言でも良いので現地の言葉で話すことです。相手がそれを聞いて嬉しいと思うか、怪しいと思うかは分かりませんが(笑)。しかし、挨拶くらいでも良いので現地の言語を学んでおいて、コミュニケーションを取ろうとすると少なからず信頼の獲得に繋がりやすいです。

探検隊

お話を伺い、海外での現地調査には学術的スキルも勿論必要だと思いますが、コミュニケーションなどのスキルも同時に大切だと感じました。現地での人との関係性を含めて、大城さんの考えるエジプト研究の醍醐味とは何でしょうか?

大城さん

エジプト研究の醍醐味はやはりピラミッドだと思います。何年経っても造り方が解明されきっていないなど、まだまだ謎が多いものですので研究し甲斐があります。また、エジプト文化と日本文化との共通点を考えることが面白いと思います。例えば、来世があるという考え方やニライカナイ(沖縄や奄美諸島に伝わる他界概念。海のかなたに死者の世界があるという概念)の考え方はエジプトにも存在しています。他にも多神教の精神が考え方の根底にあるという点も大きな共通点だと思います。現代エジプトでは大半の人がイスラム教(一神教)を信仰していますが、古代エジプトでは多くの人が多神教でした。多神教から一神教に変わった現在でも、色んなところで神様が見ているからと物事を考える人が多いです。だから、欧米人よりも日本人の方が古代エジプトを理解できると思っていて、そういった日本人との共通点を意識しつつ研究をしています。

 

 

移りゆく旅の姿と変わらない旅の価値

探検隊

ここでは旅に焦点を当ててお話を伺えればと思います。
古代エジプト・現代エジプトにおける旅の姿はどのようなものなのでしょうか?

大城さん

実のところ、エジプトは紀元前から観光の国でした。古代ギリシャ人や古代ローマ人たちがエジプトへ観光をしていたんです。そして、100年くらい前から現在にかけてイギリス人などヨーロッパの人たちの避寒地として栄えることになりました。また、エジプトには原始キリスト教が残っており、その聖地が数多くあります。現在では聖地巡礼の地としても訪れる人が多いです。こういった観光地特性に加えて、現在、ほとんどのエジプト人が英語を話すことができるのですが、それは英語が話せないと観光業を営むことができないからであり、それほどエジプトは観光産業と密接に繋がってきた国なのです。ここまではエジプト外からの観光というお話でしたが、実はエジプト人の国内観光も古代からあったと考えられます。古代エジプトの神様でオシリスという死後の世界の神様がおり、エジプト人は当時からオシリスの墓に聖地巡礼をしていました。旅行という概念が古代エジプト時代にあったのかは分かりませんが、家族で遠出をするなどの行為は存在しており、その動機として信仰があったのだと思います。

探検隊

エジプトは古代から観光の国だったのですね。そのエジプトを研究なさっている大城さんが考える旅の魅力・本質は何だと思いますか?

大城さん

「旅は何が起こるか分からない」というところが旅の魅力だと思いますね。人や物、場所でも良いですが、新しい出会いに知らず知らずのうちに辿り着いているというのが面白いと思います。僕が一番印象に残っている旅は大学院生の時に行ったシリアです。シリアと聞くと戦争のイメージがあるかと思いますが、当時はとても平和な国で、そして何よりホスピタリティに溢れた国だったんです。現地の研究者に会いに行くと、初対面でも家に招待してくれたり、宿まで用意してくれる。神殿の中に泊めてくれることもありました。人との出会いによって自らのコミュニティを作っていくことができるというところが旅の魅力だと思います。また、シリアへの旅では偶然にも日本人に出会いました。僕がパルミラ遺跡の調査をしていた際に遺跡のスケッチをしている日本人を見かけ、声をかけたんです。シリアで日本人に会うことなんて滅多にないので、一緒にご飯でも食べようとなりました。こういった出会いは団体旅行にはないものであり、一人で行っているからこそある出会いだと思います。彼とは今でも友人で、海外の砂漠の中で出会った人が一生涯の友人になりました。そういった思いもよらない出会いがあることこそが旅の醍醐味、特に一人で行く旅の醍醐味だと思います。なので、学生には一人で旅へ行きなさいと伝えています。

探検隊

最後に、大城さんは5年先の旅はどうあるべきだと思いますか?

大城さん

僕はもっと日本人が海外旅行に行くべきだと思っています。現物を見る、現地の人と出会う、現地の食べ物を味わう、現地の匂いを嗅ぐことで初めて気が付くことや思いつくことも多いですから。しかし、最近の学生にパスポートを持っているかと聞くと、ほとんどの人が持っていないんですよね。ここ数年、日本人が海外に行くことを躊躇している理由は、勿論コロナ禍だったということもありますが、加えて日本が過ごしやすすぎるからというのもあると思います。その中で、どうしたら日本人が海外旅行に行くようになるのかを考えると、各国が日本人に対して積極的に情報を発信していくこと、そして、その情報を旅行会社が掴み、消費者に届けていくことが必要だと考えます。旅行会社のような現地と旅行者を繋ぐ中間的存在が、海外旅行に行きたくなるようなきっかけづくりを沢山行ってほしいと思います。そうやって人流を動かし、「海外に行く→現地を体験する→新しい気づきを得る→また行きたいと思う→再び海外に行く」という良い循環が丁度5年先では生まれているべきだと思います。

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

長らく古代エジプトを研究なさっている大城さんのお話からは、「日本人らしさ」とは何かを学ばせていただきました。私たち日本人の考え方の根底には何があるのか、それを理解しておくとグローバル化が進む社会の中で迷うことがあっても立ち戻れる原点を確立できると思います。そして、そのためには旅がもたらす出会い・交流が大きな一助になるはずです。また、大城さん曰く、2025年は日本で古代エジプト関係の大規模な展示会が開催されることもあり、エジプトブームが再来する可能性があるとのことでした。自らを客観視する第一歩として、古代エジプトの世界を覗いてみてはいかがでしょうか?(TOY)