連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第13回】ファッションデザイナー・永井純さんに聞く、5年先の旅のカタチ

ファッションデザイナーとして幅広く活躍する永井さんが考える、お洋服を通じて繋ぐ人の想いと人生とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
 今回は、ファッションデザイナーとして服を「創出」するに留まらず、服を「繋ぐ」ことにも注力なされている永井純さんにお話を伺いました。


Profile

永井 純 さん

永井 純 さん

 
パリコレデザイナー。大阪市西区のオーダーメイドブランド「セントオーディン」オーナーデザイナー。
クローゼットに眠る古き良き時代の服を若い世代へ循環させるサスティナブルブランド「from clothes」を作って活動中。
 

デザイナーとして走り続けて辿り着いた現在の仕事

探検隊

永井さんがファッションデザイナーを目指したきっかけは何だったのでしょうか。

永井さん

幼少期から絵が上手く描けたので「美大に行った方がいいんじゃない?」とよく言われていました。ある日、たまたまテレビで西武百貨店のコマーシャルを観たんですね。糸井重里さんが作った「不思議、大好き。」というキャッチコピーと、そのキャッチコピーを活かすためのデザイン、いわゆる”グラフィックデザイン”にすごく惹かれました。それがきっかけでグラフィックデザイナーになりたいと思うようになり、その分野の勉強をしていました。仕事もその知識を活かせるものを志望していたので、アパレル企業に広報の試験を受けて入社しました。でも驚いたことに、入社初日に広報ではなくメンズファッションの企画室に配属されたんです。今までファッションの勉強なんてしてこなかったので、「メンズファッションってそんなにデザインあるの?何するんやろう?」みたいな段階から始まって、現場で仕事をしながらファッションの勉強をしてきた感じです。その後、そのアパレル企業を辞めて、憧れだったアメリカと日本を行き来しつつ、フリーランスとしてデザイナーの仕事を続けてきました。

探検隊

最初はファッションデザイナー志望ではなかったとは驚きました。現在は”セントオーディン”というオーダーメイドのブランドを設立されてご活躍されておりますが、どのような経緯から始まったのでしょうか。

永井さん

フリーランスで活動していた2000年頃、売れる服はものすごくカジュアルなものばかりだったんですね。職場で着るお洋服も「ジャケットやスーツなんて堅苦しいですよ」という声をよく聞いていました。ただ、当時のカジュアルな洋服には品質が良いものがなかったんです。私自身もスーツを買いに行ったときに着やすくて綺麗に見せてくれる”いいもの“がほんとになかったんですね。そこで、ライフワークとしてスーツの企画を始めました。1年間に間に200名くらいのモニターさんにご協力いただき、ようやくまとまった企画で2001年に”セントオーディン”を立ち上げました。働く女性のためのスーツやジャケットなどの商品を作りながら、花柄のデザインや柔らかい素材を用いるなど、デザインの種類をどんどん増やしていきました。お客様からのリピートオーダーも多く、前に作ったものの色違いや素材違いが欲しいという依頼も増えて、現在はほとんどオーダーメイド商品です。もともとはレディースだけを扱っていたのですが、カップルやご家族でいらっしゃった際に、旦那様から「こんないい素材があるなら僕のも作ってほしい」と言われることも多くなって、今はレディースとメンズの両方を扱っています。メンズとレディースは作り方も、作ってくださる職人さんも全然違うんですね。自分でデザインのパターンの勉強もしたのでメンズ用のお洋服を提供し始めるまでに6年くらいかかりました。

 

 

人の想いと人生を未来へ繋いでいくお洋服

探検隊

”セントオーディン”の設立の裏側には様々な挑戦があったのですね。一方で永井さんは着ない服を次の持ち主へ、ストーリーと共に届ける”from clothes”というブランドの代表もされていますがどのようなきっかけで始まったのでしょうか。

永井さん

フリーランスのときは来年流行る、売れるものを必死になってデザインしていました。流行る商品を作るとなると大量に生産するわけですよ。当時一番売れたのはジャンパースカートで、3万着売れたんですね。その場合、3万数千着作っているはずで、売れ残った数千着は焼却するしかないんですよ。必死にデザインをしたものが焼却されるって身につまされる想いで、クリエイターとしては新しいものづくりをしたいと思っているけど、後ろ髪を引かれる想いがあったんですね。そんな時、セントオーディンのお客様から「自宅にお母さんのお洋服がたくさんあるから何とかしてほしい」というご相談がありました。ご自宅に伺うと、8畳ほどの部屋の壁際全面にクローゼットに入りきらないお洋服が掛けられていました。「これは初任給で買った思い出の服」、「夫と初めて旅行に行ったときに買った服」など、仕分けをしながらお洋服に関する色んな思い出話をひたすら聞いたんですね。確かにこれは捨てづらいな・・・と思い、私がそれらの服を預かることにしたんですね。その後、立て続けに3件ほど同じような相談があり、私のアトリエも預かった服で一杯になっていました。ちょうどその頃、学生ボランティアの方々が手伝いに来てくれる機会があって、彼らに引き取ったお洋服をストーリーと共にお話をして見せたら、「めっちゃいい服じゃないですか」、「すごく可愛い」、「思い出にすごく共感する」って言ってくれたんです。それで学生さんたちを招いて販売会を開催したところ、30着ほど売れたんですよ。一方では不要とされるお洋服が、他方では欲しいって言ってくれる方がいるんだったら、その橋渡しができるんじゃないかなと思って、2021年に”from clothes”というブランドを設立しました。現在、ちょうど4年目に入ったところです。

探検隊

今まで大切にしていたお洋服が誰かの手に渡ってまた大切にしてもらえたらすごく嬉しいですよね。永井さんが引き取ってきたお洋服の中で、特に印象に残ったお洋服のエピソードなどはありますか。

永井さん

洋服の思い出は人それぞれなんですよね。今までご提供頂いたお洋服で同じ思い出はなくて、100人いたら100人の人生があるんだなと感じます。そういう人生と共に歩んできた服を次の人が着ると、その前の人の人生が自分を後押ししてくれる。だからこそ、皆さん共感してくださるのかなと思います。例えば、様々なジャンルの音楽家を世に送り出す仕事をしている音楽プロデューサーの方がいらっしゃいました。お洋服が家に収まらないのでトランクルームを借りていて、そこから6箱ほどお洋服を頂いたんですね。お仕事上、様々な場面に出られるのでドレスからTシャツ、デニムまで本当に幅広いお洋服をいただきました。お話を伺うと、「自分がプロデュースした音楽家の方が初めてコンサートに出演したときに着たドレス」、「アフリカに訪問したときに暑くて大変だった時に履いていたジーンズ」など、一つ一つのお洋服にエピソードがあって、その人その人の人生に寄り添ってきたお洋服の持つ力はすごいなって思いました。今まではただお洋服を生み出してきただけでしたが、お洋服を通じてお話を聞くと、その人がどんな人生を歩んできたかが分かります。そして、色んな人がこの世界を作っているんだなっていうのをすごく感じます。

探検隊

お洋服を通じて人の想いや人生を繋いでいくという考え方はすごく素敵ですね。from clothesで購入された方でお洋服が不要になったら、また次の方に繋いでいくのでしょうか。

永井さん

お客様には「お洋服を着なくなったらまた持ってきてくださいね」とお伝えしています。前の持ち主の方のエピソードに、新しく買ってくださった方のエピソードが重なり、お洋服の歴史がどんどん積み重なってくれたらいいなと思います。私の代だけではお洋服がボロボロにまでなることはないかもしれませんが、最終的にボロボロになって「たくさんの人がこのお洋服を着て幸せな時間を過ごせました。ありがとう。」と処分されると、お洋服も喜ぶんじゃないかなと思います。今まではただお洋服を作ってきたので、これからはお洋服を作るだけでなく、作った後にそれがどのように使われ、どのようになってほしいかっていう想いを持ちながら作っていきたいですね。そうすることで、今までとは作り方も使われ方も変わってくるんじゃないかなって思います。そんなデザイナーさんが増えてくると嬉しいですね。

 

 

お洋服も旅も幸せの波動を繋ぐことができる

探検隊

お洋服が想いや人生を繋いでいくという考え方はお洋服に限らず旅行や他のものづくりにおいても共通する点があると思いますか。

永井さん

旅行でもそれは一緒だと思います。私は仕事でパリの美術館や博物館によく行くんですね。例えばルーブル美術館は展示物がどんどん変わるんですよ。「前はここにあったはずなのに、どこに行った?」みたいな感じね。こういった経験をすることで、これから行きたいっていう人に「昔はこうだったけど、もしかしたらこうなるかもしれないよ」とか、「こういう楽しみ方があるよ」とかきちんと伝えていけるんじゃないかなって思いますね。特に旅行なんて行ったことのないところばかりですよね。自分が生きている間に行けるところは限られているからこそ、行った人が次に行く人に楽しさをどれだけ伝えられるかが大事だと思います。

探検隊

次に旅行に行く人にもっと魅力を伝えられたらよいですよね。永井さんはお仕事以外でも旅行に行きますか。旅行の経験が、次のデザインや考え方にも影響しているのでしょうか。

永井さん

自然の中にいることが好きなので、自然が多いところに行って、ホテルでのんびりしますね。プールサイドで寝て、ワイン片手にビーチへ行って、本を読んでゴロゴロすることが多いです(笑)。お仕事を考えないようにしようと思っているんですけど、やっぱり目が追っちゃうんですよね。「あっ、こんな水着着るんや」とか。日本人は水着を着るときにスタイルを気にするじゃないですか。でもヨーロッパの人ってどんなに太っていても、おばあちゃんになってもビキニなんですよ。そういう年の取り方していきたいなってすごく思うようになりました。これからはもっとそういう自由な時代になってくるんじゃないかなと思います。

探検隊

私もそういう自由な生き方に憧れます。最後に永井さんは5年先の旅はどのようになっていると思いますか。

永井さん

今以上にもっと気軽にどこへでも行けるような、そんな未来なんじゃないかなって思います。紛争などの世界情勢で、もしかしたら今以上に行くことが困難になっていることもあるかもしれないですけど、でもやっぱり旅を通じて幸せな人たちが増えることによって、幸せの波動って広がるはずなんですよね。そういう人たちが日本の中も含めてどんどん外に出ていくことによって、もしかしたら今辛い生活をしていらっしゃる人や場所にも、幸せの波動が届いてくれたら嬉しいなと思います。

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

今回の探検で発見したのは、お洋服を通じて人の想い、人生、幸せを繋いでいくことができるということでした。お洋服の再利用は単なる環境への配慮だけでなく、思い出や感動を次の持ち主へ受け渡すバトンになっているのです。同様に、旅においても前人の経験を受け継ぎ、自身の経験を積み重ねていくことで、より良い旅が実現できるのではないでしょうか。(YVR)