連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第14回】ジオラマ作家・MAJIRIさんに聞く、5年先の旅のカタチ

ジオラマ作家のMAJIRIさんが考える、ジオラマを通して感じて欲しい「日常」とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、旅行にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビュー)」をお届けします。
 今回は、リアルな情景を1/150スケールにて表現する「ジオラマ作家」として活躍しつつ、YouTubeなどでジオラマや都市風景の魅力を発信されているMAJIRIさんにお話を伺いました。


Profile

MAJIRI さん

MAJIRI さん

 
1998年(平成10年)生まれ。三重県四日市市出身。和歌山大学で建築土木を専攻。ジオラマ制作会社に入社しミニチュア設計を担当したのち2022年にジオラマモデラーとして独立。現在では、Cityscape Studioというスタジオにて「渋谷スクランブル交差点」などリアルな都市風景のジオラマ作品を多数制作し、その制作風景をYouTubeにて発信中。
 

ジオラマ制作の道に進んだ転換点

探検隊

本日はよろしくお願いいたします。最初に現在のお仕事内容についてお伺いできますでしょうか。

MAJIRIさん

ジオラマ制作が中心になります。ジオラマの内容ですが、主に都市を題材にしたものを制作することが多く、例えば渋谷のスクランブル交差点や新宿駅南口、関西だと神戸三宮駅などを再現・制作してきました。そして、YouTubeでその制作風景を発信することまでセットで行っています。また、企業様、例えば鉄道模型メーカーからのご依頼でジオラマを制作し、納品することも多くあります。最近だと、映画製作会社様からのご依頼で、映画セットを制作いたしました。

探検隊

ありがとうございます。ジオラマ制作へと進まれたきっかけはどういったものだったのでしょうか?

MAJIRIさん

本格的に始めたのは4年前の大学4年生の時でした。建築の勉強をしていたのですが、もっぱら部活動でソーラーカーの制作に勤しんでいました。しかし2020年に新型コロナウイルスが大流行して大学に行けなくなってしまい、部活動も活動を休止することになったんです。時間がすっぽり空いてしまったものですから、何をしようか考えていたときに、小さい頃から好きだった鉄道や街並みを思い出し、家で一人でもできるジオラマ制作を思いついたんです。

 

 

ジオラマ制作に込める「日常」への想い

探検隊

ここからはMAJIRIさんのジオラマ制作へのお考えについてお伺いできればと思います。
制作時に意識されているポイントは何かあるのでしょうか?

MAJIRIさん

日常の風景を作るということです。旅行先で知らない土地の風景に接し魅力を感じる。これは非日常ですね。そうではなく日常のありふれた風景にたくさんの魅力が隠れている。それが僕の考えです。そういった「日常の魅力」をジオラマを通じて伝えたい。だからこそあえて誰もが知る風景を作っています。また、ジオラマでは普段は見ることができない角度や目線で街を見ることが可能となります。自分が歩く真下に実は電車が走っていたんだ、とか、こんな建物あったんだ、とか。そういう日常の風景に新しい発見を促すような、そんなものを作ろうと意識しています。

探検隊

「日常」を普段とは異なった目線で見ることで新しい魅力に気づいてもらいたい。そのような想いが根底にあったのですね。MAJIRIさんのホームページの紹介文に記載があった「平成の風景をジオラマで残す」というモットーもそんな想いから生まれたものなのでしょうか?

MAJIRIさん

そうですね。僕は平成生まれなので、自分が見てきたのは平成の風景でした。しかし平成はもう6年も前のことなんです。今後どんどん当時の風景は失われていくと思っていて、実際、最近だと渋谷や新宿などの再開発も目立ちますよね。また、現在ジオラマ制作で有名な作家さんの作品は昭和時代のものが多く、意外と平成のものは少ないんです。なので、自分が生まれ、育った時代の風景を自らジオラマを制作することによって残していきたいと思っています。それと、今後必ず平成ノスタルジーという流行りが来ると思うんです(笑)。なので、今から制作しておいて、いつかその時が来たら価値を感じていただけるかなと。

探検隊

MAJIRIさんご自身の日常の風景を残すためにもジオラマを制作なさっているのですね。では、制作していく上で必要な視点やスキルは何かあるのでしょうか?

MAJIRIさん

必要なものはふたつあります。ひとつは普段からの観察能力ですね。日頃ちょっとした風景を心に留めるというか。僕は自転車で都内を走り回るのが趣味でして、人が少ない時間帯にいろいろなものを観察し、魅力的な場所や物を探しています。また、地域の特徴にも目を向けています。例えば、道路の表示やアスファルトの色遣いなど、地域らしさを見落とさないようにしています。そこが異なると空気感が違ってくるんですよ。そういう観察眼は大事ですね。ふたつ目は技術的なことです。地域の特徴を的確に表現するためには技術が必要になります。僕は3D CAD(=コンピュータを用いた3次元オブジェクトを設計するツール)を用いて、ジオラマに配置したい建物や人形を設計し、3Dプリンターで出力しています。また、出力後に塗装もするのですが、都会だと結構汚れがあったりしますので、そういったリアルさを再現する技術も大切だと思います。

探検隊

3Dで設計する際には、現地に赴いて建築物の計測をされているんでしょうか?

MAJIRIさん

現地で写真を撮ることはありますが、計測をすることはほぼありません。Google EarthとGoogle Mapストリートビューの情報を擦り合わせて寸法を算出しています。意外と知られていないのですが、Google Earthはビルの高さまで表示されるので非常に便利なんですよ。

探検隊

そのような方法で寸法を算出しているとは驚きました。では、今後作品のクオリティーをより高めていくために意識したいと思っていることは何かあるのでしょうか?

MAJIRIさん

ストーリー性の演出には今後より一層力を入れていきたいと思っています。例えば、最近は東京駅の駅前でフォトウェディングの撮影をされる方が多いですよね。そういったシチュエーションを人形の造形や配置などによって表現することで、作品の中に人々や街のストーリーを感じてもらえるようにしたいと思っています。また、イベントなどで実際に作品を見ていただいた方々の感想として多いものが、「いつもここをこういう風に歩いています」とか「当時ここをよく通っていたんですよ」とか。そういったジオラマを見た人自身のストーリーも想起してもらえるような作品にしていきたいと思っています。
今後のジオラマ制作の大きな方向性としては、アート作品として認識してもらえるように運んでいきたいと考えています。現状、ジオラマは博物館に展示されているもののように、事実を説明する資料としての性格が強いです。もちろんこういった役目も大切だと思いますが、それだけではなく、人の感情を掻き立てる、感動させるような作品を作っていきたいと思っています。そのためにはストーリー性やメッセージ性を作品に織り込んでいくことが大切になっていく。そのための表現力・演出力の向上に取り組んでいるところです。

 

 

ジオラマの可能性と旅のこれから

探検隊

ここからはジオラマと旅・観光との関係性についてお伺いできればと思います。
観光への活用についてはどんな可能性を考えておられますか?

MAJIRIさん

最近、僕が出展したイベントの来場者から、僕のジオラマを見てそこに家を買ったというお話をいただきました(笑)。その人曰く、ジオラマを見て初めてその場所を知ったそうです。日常の風景の魅力をテーマとしてやってきましたが、まだ見ぬ風景を伝える役割がジオラマ制作にはあり得るのだと気づきました。地域の魅力を詰め込んだ作品を成すことで、地方の活性化や観光への活用の道もあるのではないかと考えています。

探検隊

ジオラマを観光に活用する際の具体的なイメージはあるのでしょうか?

MAJIRIさん

ジオラマを旅や観光に絡める方法は大きくふたつあると思います。ひとつは地方をジオラマで再現し、東京など都市部で展示会を行う。地域の告知に活用することで人々の関心を喚起するということです。もうひとつは、地域にジオラマを設置し、その地の風景の記憶にさらなる発見を追加してもらうことで現地体験の満足度を高めるという効果ですね。ジオラマが地方へ足を運ばせるきっかけになり得ると考えています。

探検隊

地方へ足を運んでもらうことへの熱意について、その想いが生まれるきっかけが何かあったのでしょうか?

MAJIRIさん

僕は三重県の四日市出身なのですが、自分が知る四日市の魅力がなかなか広く世間には伝わっていない。多くの人に知ってもらいたいと常々思っていたものの、有効な方法も思い浮かばず、行動に移せていませんでした。しかし、YouTubeでの発信を始めたことでようやく自分にもできることがあると思い始め、そこからジオラマの観光への活用を意識し始めたという次第です。

探検隊

ありがとうございます。MAJIRIさんが考える旅の魅力とは何でしょうか?

MAJIRIさん

日常とかけ離れた知らない風景に出会える、という楽しさはもちろんあると思います。それに加えて、新しい風景を知ることで、自分が住んでいる地域、つまり「日常」の魅力に改めて気づかされると考えていて、それが僕の思う旅の意義ですね。

探検隊

最後に、MAJIRIさんは5年先の旅はどうなっていると思いますか?

MAJIRIさん

最近はYouTuberさんの発信力の高まりもあり、これまであまり知られていなかった事柄に目を向ける人が増えていると感じています。それは旅についても同様で、5年先の旅はそれまで観光地と認識されなかった地域など、よりニッチな場所に目を向けられるようになるのではないか。旅の目的や目的地が分散していくのが5年先の旅の姿なのではないかと感じています。僕自身、ジオラマ制作を通じていろいろな場所の風景の魅力を発信していくことで、誰かの旅の新しい目的地を提供できればと考えています。特に、僕のYouTube動画の視聴者の約半分は海外の方ですので、国籍問わず、多くの人の旅の新しい目的地を創っていけたらと思っています。

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

都市ジオラマを制作されているMAJIRIさんのお話からは、「日常」に対する想いを強く感じました。ジオラマを通じて別の視点から観察することで、「日常」に対する捉え方が変わるという考えは、旅行にも通ずることだと思います。旅行における「非日常・異日常」での体験が「日常」をより際立たせることにつながり、改めて「日常」を捉えなおすきっかけになるはずです。変化のスピードが加速する現代においては、折にふれて近所のありふれた風景を今一度見つめなおしてみてはいかがでしょうか?(TOY)