JTB総合研究所の「考えるプロジェクト」 

危機に備える

計画を策定するだけでなく、訓練・改善を繰り返すことが真の備え

「危機への備え」の基本は、観光危機管理計画や危機管理マニュアルを策定することですが、計画やマニュアルがあり、年に1度の避難訓練をするだけでは、危機への備えとしてまだ十分とは言えません。

危機管理責任者は、常日頃から観光危機管理計画を監査するとともに、危機管理対応訓練を定期的に実施し、全従業員が危機対応のスキルを身に着けられるようにする必要があります。管理者のみならず、全スタッフが危機のもたらすインパクトやストレスに対して心理的にも肉体的にも耐えられるようにしておくことが求められます。

東日本大震災のとき、東京ディズニーリゾート®では、二つのテーマパークの全キャスト(従業員)が冷静で的確な対応をし、7万人の入園者がひとりとしてけがをすることなく安全に避難しましたが、これは年間180回にものぼる訓練を通じて、キャストが災害に冷静に対応するスキルと心構えを身に着けていた結果といえましょう。

「備えあれば、憂いなし」

危機への備えがあれば、潜在的な危機をつぼみのうちに摘み取ることができるのです。

観光危機管理計画の策定

観光危機管理計画策定の基本的なステップは次の通りです。

    • 組織整備
    • 観光危機管理計画チームの設置
  1.  
    • 計画
    • 観光危機管理計画・マニュアルの検討と策定
  2.  
    • 訓練
    • 作成された計画の実地検証と訓練の実施
  3.  
    • 改善
    • 計画の評価と修正

この4つのステップを踏まえて、個々の観光関連事業者だけではなく、地域全体としても観光への危機に対して準備を整えておくことが、「安全・安心な観光地」づくりにつながります。

チェックポイント

あなたの組織は大丈夫?
計画策定だけでは機能しない観光危機管理

  • 地域防災計画に、観光客・旅行者への対応が含まれているか?
  • 観光客への危機管理計画で想定されている危機・災害が限定的でないか?
  • 観光危機管理のための予算確保、担当者配置がされているか?
  • 観光関連団体や自治体の観光危機管理に関する組織責任が不明確になっていないか?(自治体の場合、特に防災担当課と観光担当課のどちらが、観光客の危機管理に関する責任部署であるか、はっきりしているか?)
  • 利害関係者との連携が計画に盛り込まれているか?
  • 計画やマニュアル等が、スタッフや観光客にとってわかりやすいものになっているか?
  • 危機管理計画は定期的に更新されており、現状にそったものになっているか?

 

 あの事例に学ぶ

企業や政府・自治体が「危機に備える」ために実施する、具体的事例をご紹介します。

東京都 帰宅困難者対策

被災時、すぐに帰宅しようとすることによる混雑が危機を大きくする

東日本大震災の際、地震による東京都内の被害は限定的でした。しかし、鉄道等の運行停止に伴って多くの帰宅困難者が発生し、駅周辺や道路が非常に混雑しました。

今後、大地震等のさらに大きな災害が発生し、鉄道等の公共交通機関が長時間にわたって復旧の見通しが立たない場合に多くの人が帰宅を開始しようとすれば、余震や火災等の二次災害による被災者が発生する危険性があるうえ、人の混雑で交通に支障をきたし、救助・救援活動等に遅れを生じさせる可能性があります。

従業員が安心・安全にオフィス待機できる環境の整備を努力目標に設定

帰宅困難者の主要駅や幹線道路への殺到・滞留を抑制し、二次災害の発生を抑止することを目的とし、東京都は2012年3月に「東京都帰宅困難者対策条例」を制定しました。本条例の施行により、都内の事業者は以下の対応を努力義務として課せられています。

  1. 1

    従業者の一斉帰宅の抑制

    • 建物の耐震化の検証(1981年以降の新建物耐震基準の確認)
    • オフィス機器の固定や備品の安全配置による安全スペース確保
    • 家族の安否確認をサポートする仕組みの導入
  2. 2

    3日分の備蓄 ※事業所内で勤務する全従業員を対象とする

    • 一人あたりの備蓄目安 水:一人当たり1日3リットル、主食:一人当たり1日3食、毛布:一人当たり1枚など
    • その他備品例 保温シート、簡易トイレ、衛生用品、敷物(ビニールシートなど)、携帯ラジオ、懐中電灯、乾電池、救急医療薬品類など
  3. 3

    集客施設の施設利用者保護
    ※主に百貨店、展示場、遊技場、映画館、コンサートホール等の集客施設を対象とする

    • 災害時要援護者(高齢者、障害者、乳幼児、妊婦、外国人、通学の小中学生等)や急病人への対応検討

東京ディズニーリゾート®  “SCSE”の行動規範

2011年3月11日、夢の国を震度5の地震が襲った

その時、東京ディズニーランド®、東京ディズニーシー®のパーク内には、合わせて7万人以上のゲストがいました。全部のアトラクションは緊急停止。パークのキャスト(従業員)は、ゲストに「体を低くして、落下物から頭を守ってください。この場所は安全です」とはっきりとした声で伝え、ゲストを落ち着かせました。40秒後には、パーク全体に日本語と英語でアナウンス。「ただ今地震がありました。建物のそばにいらっしゃる方は建物から離れて広いところでお待ちください」。揺れが収まった後、より安全な場所にゲストを誘導しました。ゲストの負傷者ゼロ。パニックが起こることもありませんでした。

ディズニーの魔法?舞台裏での日々の努力が「魔法」を創り出した

東京ディズニーリゾート®のキャストは全員が、“SCSE”の行動規範に定めた優先順位に基づいて、ゲストの安全を守ることを第一に、自ら判断し行動しました。「Safety(安全) >Courtesy(礼儀)>Show(ショー)>Efficiency(効率)」。ディズニーで働く全キャストは、SCSEにもとづいて行動するよう、新入社員教育の時点から教育・訓練されています。東京ディズニーリゾート®の二つのパークでは、年間合わせて180回の安全訓練が行われています。震度6強の地震発生時に、10万人のゲストがいることを前提に作られた危機管理計画にもとづいて、繰り返し訓練を受けてきたTDRのキャストにとって、今回の震災は「想定外」の事態ではなかったのです。

カンタス航空 からだに覚え込ませる

カンタス航空の危機管理計画は、Readinessという点においてほぼ完ぺき

2-2-2航空会社は、空を飛ぶ飛行機を毎日運航するという事業の性質上、常にリスクや危機と隣り合わせのビジネスです。その航空業界において、世界でもっとも事故率の低い航空会社のひとつとして知られているのが、オーストラリアのカンタス航空。同社の危機管理計画はReadinessという点において、ほぼ完ぺきと言ってよいでしょう。

「危機管理に完成点はない」体に覚え込ませる(Muscle memory)まで訓練を行なう

カンタス航空では、危機管理計画の策定にあたり、起こりうるリスク・危機を徹底的に洗い出し、「想定外」の事態の発生確率をできるだけ下げるとともに、最も起こりやすいことの最悪シナリオを想定し、対応を検討しています。
そのようにして策定した計画を、具体的な行動マニュアルに落とし込み、平常時から非常事態に慣れ親しむために、現場から経営までそれぞれのレベルの危機対応プログラムを用意し、訓練、実践、意識高揚を欠かしません。危機発生時に能力が発揮できるよう、体に覚え込ませる(Muscle memory)まで訓練を行なっているのです。

しかも、「危機管理に完成点はない」との考え方に立ち、複雑性と不確実性を増している今日のビジネス環境の中で、常に新たな危機の可能性を想定し、「道は常に続く」を合言葉に、計画の見直しを繰り返し行っています。

 

 演習問題

あなたなら、どのように危機に備えますか?

あなたは、沖縄にあるパブリックビーチ「キキカンリ・ビーチ」の管理責任者です。キキカンリ・ビーチには、お客様の水難事故や台風などの際の対応マニュアルはありますが、これまで津波への対応は具体的に考えてきませんでした。東日本大震災を契機に、大幅に見直した沖縄県内の津波浸水予測によると、キキカンリ・ビーチは地震発生後30分で津波の第一波が到達し、ビーチでの津波の最大浸水深度は5~10メートルと予想されています。そこでキキカンリ・ビーチでは、津波に対応するための危機管理計画を策定することになりました。特にどのような点に留意して計画を策定しますか?

A解答例をチェックする

例えば次のようなことが考えられます。

  • ビーチ利用者の最大ピーク時の人数の把握。
  • 昼間のビーチ利用だけでなく、花火大会などビーチでのイベントの際の最大集客数も考慮に入れる。
  • ビーチの一番遠いところにいる人が、ビーチの出入り口まで避難してくるのに要する時間。
  • ジェットスキー、シュノーケリング、バナナボートなど、沖でのアクティビティをしているお客様への津波情報の伝達方法。
  • 最大時の数のお客様を避難させることのできる付近の高台、高層建築物(5階以上)
  • 避難場所までの距離と、ビーチの一番遠いところ、または沖からの避難に要する時間。
  • お客様を避難誘導させるスタッフの体制。
  • より安全でわかりやすい避難ルート。

キキカンリ・ビーチの津波に対する危機管理計画にもとづく避難誘導訓練を実施する場合、どのようなやり方、留意すべき点がありますか?

A解答例をチェックする

例えば次のようなことが考えられます。

  • ビーチ単独で訓練を実施するだけでなく、地域の自治会や他の事業者と共同で訓練を実施する。
  • できれば、消防や警察、市の防災担当などにも訓練の立ち会いをお願いする。
  • お客様役は、健常な大人だけでなく、子どもや高齢者、外国人、障がいのある方など、避難する際に支援が必要な人も加える。
  • 水上にいるお客様を陸に上げ、さらに避難場所に誘導するところまで訓練する。
  • ビーチから避難場所に行くだけでなく、避難場所での受け入れがスムーズにいくかどうかも実際に訓練して確認する。
  • ビーチ内のスピーカー設備や、地域の防災行政無線等も使用し、実際にそれらを通じて避難誘導の声が聞こえるかどうかを確認する。
  • 滞りなく訓練をすることが重要ではなく、むしろ、訓練を通じて、策定した計画やマニュアルの課題・改善点を明らかにすることに重点を置く。

 

JTB総合研究所では観光危機管理の実務支援を行っています

観光危機管理マニュアルの策定支援、現状把握調査、セミナー・シンポジウムの実施等、行政や企業での
豊富な実績とノウハウをもとに、観光危機管理の支援・コンサルティングを行っています。