JTB総合研究所の「考えるプロジェクト」 

危機を予め想定して、戦略的に危機管理計画を策定しておく

危機の明確化とリスク分析で、起こりうる危機を封じ込め・減らす

減災とは、災害を防止したり、災害や危機の発生可能性を低めたり、災害や危機によるダメージを小さくするための活動です。

減災の活動には、観光地に起こりうる危機の明確化とリスク分析、官民の危機に対する意識の向上、減災のための政策や法令・施行規則の見直しなどが含まれます。
危機が発生する前に対応を検討し計画を策定しておけば、実際に危機が起こってから、危機状況に振り回されながら慌てて決める対応策に比べて、より効果的に危機に対応することができるものです。

たとえば、災害発生時に大規模な集客施設から数千人規模の来場者を避難させる場合に、周囲の交通をどのように規制するかを予め計画し、警察など関係機関と役割分担をしておけば、より短時間に避難誘導ができ、かつ避難中の交通事故等の二次災害を防ぐことができるのです。

危機を予め想定して危機管理計画を策定しておくことは、リスクの低減のみならず、実際に危機が発生した際に、時間を浪費することなく、限られた人的資源を有効に活用して、危機による被害を最小化することにつながります。

リスク分析の検討事項

危機の明確化とリスク分析では、次のような項目について検討を行います。

  • 起こりうるさまざまな危機の発生確率・発生頻度
  • 危機が発生した場合の人的被害(死傷者)の発生可能性
  • 危機が発生した場合の地域への影響
  • 観光ビジネスへのマイナス影響
  • 交通機関への影響
  • ライフラインへの影響 等

減災政策の例

危機リスクを低減し、危機からの回復を支援する政策には以下のようなものがあります。

  • 海岸に立地するホテル・観光施設を対象とした津波対策を考慮した建築基準
  • 危機により減少した観光需要を回復するための観光復興プロモーション基金
  • 危機後、復興事業を開始する地区の優先順位の事前決定

リスク分析のワークショップ

リスク分析のワークショップ

あの事例に学ぶ

企業や政府・自治体が実施する、具体的事例をご紹介します。

沖縄観光 安心・安全ガイド

旅行中に遭遇するかもしれない「危険」を事前に伝達し、リスクを軽減する

2-1-2沖縄は日本のビーチリゾートとして、国内でも有数の観光立県です。日本でも最南端に位置するため、気候も生態系も異なっており、観光客にとっては不慣れな「もの」や「こと」が少なくありません。本州とは比較できないほど強力な台風や、毒を持つ生物など、観光客にとっての「危険」は身近なところに存在します。
沖縄県は、観光客が遭遇する可能性のある「危険なこと」に対して事前の注意を喚起するためのリーフレットを日本語・英語・韓国語・簡体字・繁体字の5言語で作成し、観光客が不慮の事故に遭うリスクの低減に努めています。また、台風や地震などの自然災害、および怪我や病気をした際の対応方法や緊急連絡先も掲載されており、観光客が危機に対して早急に対応できるための情報を伝達しています。このリーフレットは、必ず観光客の目に留まるように県内ホテルの各客室内に設置されているほか、携行版は空港等の主要なインフォメーションセンターで入手することができます。

沖縄県 安心安全ガイド

沖縄県 安心安全ガイド

沖縄県 海抜表示と津波避難ビルの指定

津波が来ると分かったとき、観光客はどこへ逃げる?

東日本大震災以降、全国の自治体では、海岸付近を中心に海抜表示を設置するとともに、津波避難ビルの指定を行い、津波警報が出たら、自分がいるところの海抜を確認して、いち早く高台か津波避難ビルに避難できるような「津波減災」に向けた取り組みを進めています。

津波避難ビルに指定されているビルは、各市町村の地域防災計画において指定されている避難所だけでなく、ホテルや高層マンションなども含めた民間のビルも多くあります。特に、海岸から高台までの距離が大きい平地では、津波情報を聞いたらすぐに上層階へ逃げ込める津波避難ビルが複数指定されていて、すぐわかるようになっていることが、津波による人的被害を低減するために極めて重要です。沖縄県では、津波避難ビルの非常階段にも海抜表示を設置し、ビル外から逃げ込んだ人たちが、どの階まで上がったら安全かがわかりやすいようにしているところもあります。

沖縄県海抜表示標識

沖縄県海抜表示標識

JR東日本の危機管理

あの日、ローカル列車5本が津波に流された。

東北新幹線

東日本を地震が襲ったとき、JR東日本管内では27本の新幹線が合計2万人の乗客を乗せて最高時速300kmで走行。初期振動をセンサーが感知するとともに、地震警報システムが作動し、全列車が自動的に緊急停止。脱線した営業運転中の新幹線は1両もなく、乗客・乗務員の人的被害もありませんでした。また、地震後の津波によって、ローカル列車5本が流されました。しかし事前に、走行中の列車はすべて緊急停止。運行指令からの指示で、直ちに乗務員は乗客を列車から誘導し、全員無事高台や避難所に避難させました。これらの列車の乗客・乗務員の死者はゼロ、一人の負傷者も出ませんでした。

「奇跡」を可能にしたもの

これだけの地震・津波の被害を受けながら、乗客に一人の死傷者もなかった背景には、同社の危機管理のしくみがしっかりと機能したことがあります。第一に、JR東日本の地震緊急停止システムは、気象庁の緊急地震速報の発出よりも1秒早く作動できるしくみになっています。高速列車の場合、1秒でも早く制動がかかり、大きな揺れが来る前に速度を落としておくことができれば、その分脱線などのリスクが小さくなります。第二に、危機発生時、輸送指令室から「大津波警報発令、高台に避難」の指示を受けた列車の乗務員が、乗客全員を確実に安全な場所に避難誘導したことが挙げられます。JR東日本では、普段から乗務員に対して非常に厳しい安全訓練を実施しています。繰り返し行う安全訓練が身についていたからこそ、未曽有の危機に直面した際にもそれを行動に移すことができたのです。同社の危機管理は、システムと人的な教育訓練に綿密な計画が確実に反映されたモデルケースと言えます。

台風時のイベント中止 賢明な判断は?

「イベントの中止」はビジネス上最大のリスク。その時、賢明な判断ができるように

台風は、接近する日時や、風雨の強さがあるていど予想できる危機です。台風の接近と重なる日時に開催が予定されているイベント等を中止することは、そのイベントに来場する人が台風の被害に遭うリスクをほとんどなくしてしまうので、大きな「減災」効果があるといえます。しかし、イベントの主催者にとって、イベントの中止はビジネス上の最も大きなリスクです。したがって、主催者はなんとかしてそのイベントを開催しようと粘って交渉するでしょう。

会議・展示施設などでは、施設の利用規則や利用契約の中に、台風等に関するどのような予報や気象情報、緊急地震速報、津波情報等が発出された場合には、予定されていた、あるいは開催中のイベントを中止して会場にいる人を避難させる、という判断基準を明確にしておくことで、いざという時にイベントの主催者に対して中止を要請しやすくなります。

ホテルの宴会等でも同様に、災害の発生が予想される場合の、イベント・宴会等の開催中止の基準を定めておくことが、最終的にお客様の安全につながります。

演習問題

あなたなら、いかに危機による影響を小さくしますか?

あなたは自治体の職員です。暴風域の風速50m/秒の非常に強い台風が接近し、明日の午後、当市に最も接近するという気象情報が出ています。明日の土曜日は、当市で最大のお祭り「キキカンリ祭り」が開かれる予定です。キキカンリ祭りには、例年10万人の人出があり、そのうちの1万人は、市内のホテルや周辺部の温泉等に宿泊して、この祭りを楽しみます。そのため、今日と明日の晩、市内および周辺部の宿泊施設はほとんど満室となっています。
この台風接近に伴い、どのような危機や危機発生に伴う観光客・観光関係者へのリスクが考えられますか?

A解答例をチェックする
想定されるリスクは、例えば下記があげられます。

  • 交通機関関係:空港の閉鎖、航空便の欠航、鉄道の不通・大幅遅れ、列車の運休、土砂崩れ等による道路の不通
  • 宿泊施設:キャンセル不泊による売上損失、売上減によるキャッシュフローの悪化、仕入れた食材の過剰在庫、暴風雨による施設の破損、暴風による植栽等の被害、停電
  • お客様:旅行取消による取消料、旅行先での足止め・帰宅遅延、交通機関不通による現地泊の発生、鉄道不通による列車内での長時間待機、暴風雨の中での運転による交通事故
  • 観光施設・祭り主催者:観光施設への被害、祭りの山車や鉾などの破損、祭り中止による売上減、イベントとしての赤字、スポンサーへの説明・謝罪、プロモーションの機会損失

このような場合、市の観光課、地域の観光協会として「減災」のためにできること、すべきことは何でしょうか?

A解答例をチェックする
例えば、下記のような「減災施策」が考えられます。

  • 危機管理本部の設置と、責任者による迅速な情報収集・意思決定
  • 台風の最新情報と、祭りの実施/中止に関する情報の随時提供
  • 祭りの中止が決定した場合、来訪者への来訪見合わせ・早期帰宅勧告
  • 交通機関不通のために帰宅困難となった観光客への宿泊施設・避難所の紹介
  • イベント総合保険等への加入

JTB総合研究所では観光危機管理の実務支援を行っています

観光危機管理マニュアルの策定支援、現状把握調査、セミナー・シンポジウムの実施等、行政や企業での
豊富な実績とノウハウをもとに、観光危機管理の支援・コンサルティングを行っています。