JTB総合研究所の「考えるプロジェクト」 

危機への対応

安全確保が最優先。情報収集し、判断し、伝える。
危機発生時のコミュニケーションがカギ

危機が起こる前、および危機発生直後に、危機による被害を最小化し、危機に伴う悪影響をコントロールすることを「危機への対応」と言います。

危機発生直後にまず重点的に行うべきことは、観光客・従業員の生命と施設への被害を最小限にとどめることです。地域の地理に不案内な観光客に、状況説明、その場での安全確保の指示、避難場所への誘導を迅速かつ的確に行います。観光客・旅行者の中には、日本語のわからない外国人や、避難の際に援助の必要な人々も含まれています。こうした人の安全を確保し、落ち着かせるための対応も必要です。

災害や危機の種類によって、実際に行うべき安全確保のための対応は異なります。ホテルゲストの避難誘導を例にとると、火災の場合はホテルの建物から屋外に避難誘導するのが原則ですが、短時間で大津波が到達するという津波警報が出た場合、海岸に立地するホテルでは、ゲストをホテル内のより高いフロアに誘導する方が安全です。
そのようなとき、ひとりでは避難が難しい、からだの不自由なゲストを、誰が手助けしますか?人々が非常用の外階段を上って避難してくるとき、外から人が侵入できないようにロックされている非常扉を、誰が、どのようにして開錠しますか?こうしたことも危機管理計画の中に盛り込んでおく必要があります。

事故や災害等で外国人を含む観光客に人的被害が出た場合には、地域の医療機関と連携して救護や医療サービスを提供します。避難の際、財布やクレジットカードを持ち出すことができず、一銭も持たない観光客・旅行者が病院に運ばれてくることもあります。この人たちの医療費の負担や保険会社との対応、自宅に近い医療機関への移送を希望する被害者等への対応などを予め検討しておくと、いざという時の対応がスムーズです。

危機時の対応では、適切なコミュニケーションを行うことが極めて重要です。コミュニケーションの責任者を予め定め、その人を中心に情報を収集し、地域の関係機関、観光客とその家族・関係者、事業パートナー、行政機関、メディア等に必要な情報を迅速かつ正確に発信します。現地の状況を的確に伝えることは、観光関係者や社会一般に対する責任であるとともに、危機の発生した地域を訪れることが、実際以上にリスクがあるとの誤解による風評被害を防止します。発信した情報は、それが正確にメディア等で発信され、認知されているかを常時モニタリングしておきます。スマートフォン等の携帯端末やソーシャルメディアの急激な普及に伴い、コミュニケーションの方法も情報発信者から受け手へという一方通行から、情報の受け手である市民が情報発信者でもあるという双方向コミュニケーションに変わってきています。そうした環境を生かした危機時のコミュニケーションの在り方も、今後の検討課題です。

観光客への危機対応では、帰宅・帰国支援のための対策も必要です。帰宅のための交通機関の運行情報をきめ細かく提供することはもちろん、通常の交通機関が不通で利用できない場合、代替交通機関の手配やその発着場所までの送迎の提供なども含まれます。災害で所持金や旅券を紛失した外国人の帰国渡航手続きの支援なども検討しておきます。

なお、危機により被害を受けた観光地においても、観光関連事業者は可能な限り営業やサービスを継続して、観光客の不安を軽減することが大切です。

東日本大震災当日のホテルロビー

東日本大震災当日のホテルロビー © ホテルメトロポリタン


東日本大震災当日、ホワイトボードに交通情報を提供

交通情報を提供 © ホテルメトロポリタン

 

 あの事例に学ぶ

企業や政府・自治体が実際の危機発生時に行った「危機への対応」の具体的事例をご紹介します。

プーケット津波 医療機関の対応

津波による非常事態の中で、医療機関は負傷した外国人を無条件で受け入れた

2004年12月にインドネシアのスマトラ島沖で発生した巨大地震は、インド洋に面したアジアやアフリカの海岸に大きな津波の被害をもたらしました。タイの有数なリゾートであるプーケット島も数メートルの高さの津波に襲われ、ビーチ沿いのホテルやレストラン、土産物店などが被害を受けました。クリスマス休暇でプーケットを訪れていた北欧や英国からの観光客も多く被災しました。
こうした非常事態の中で、プーケット島にある三つの民間病院は、津波で負傷した外国人を積極的に受け入れ、廊下やロビーにベッドを置いて臨時の病室、手術室とし、可能な限りの医療ケアをすべて無料で提供しました。

被災時の医療体制の「安心・安全」が世界に報じられる

タイ・プーケット津波

タイ・プーケット津波

自国民に対するプーケットの病院の献身的な働きを知ったスウェーデンのグスタフ・カール国王は、自らプーケットに赴き、入院中のスウェーデン人観光客を見舞い、病院や州政府等の関係者に感謝を表しました。翌年、同国王は再度プーケットを訪れ、自国民に対する手厚い対応への感謝の徴として、病院の一つに自分の名前を冠した国際会議室を贈呈したのです。
こうしたことが欧州で報道された結果、プーケットは「津波が来ても安全なリゾート」、「高いレベルの医療サービスとホスピタリティのある観光地」としての評価を高め、早期に欧州からの観光客を取り戻すことができました。さらに、積極的なプロモーションを行っていないにもかかわらず、医療サービスを目的にプーケットを訪れる外国人の増加にもつながっています。

ホテル 東日本大震災時の帰宅困難者の受け入れ

あの日一晩中人々を支えた、日本のホテルのホスピタリティ

無料で電源を開放

© ホテルメトロポリタン

2011年3月11日、地震発生後、首都圏ではほとんどの交通機関が安全確認と復旧作業のため運行を見合わせました。そのため多数の帰宅困難者が発生しました。都内のホテルや百貨店などでは、帰宅困難者が暖かい屋内で一晩すごすことができるように、ロビーや通路などのパブリックスペースを開放して、これらの人々を受け入れました。

お茶をサービス

© ホテルメトロポリタン

東京・池袋のホテルメトロポリタンでは、1,800名の人々を受け入れました。避難してきた人々に、毛布やベッドカバー、タオル、温かいお茶、携帯電話の電源などを提供し、最新の交通機関の運行状況を伝えました。

オーストラリア クィーンズランド州 Facebook

州警察のFacebookが、災害情報のポータルサイトに:人的被害を最小限にとどめる

洪水発生時のクイーンズランド州の航空写真

© Courtesy NASA/JPL-Caltech.

2010年11月以降、オーストラリア北東部のクィーンズランド州で降り続いた豪雨により、翌年1月に同州の広範な地域において大規模な洪水が発生しました。さらに同年2月には超大型サイクロン「ヤシ」の直撃を受けましたが、人的被害は最小限にとどめられました。州警察は、洪水やサイクロン来襲の際、記者会見の情報や住民や観光客への注意事項、避難状況等をホームページや、2010年に開設した州警察のFacebookを通じて逐一発信し、多くの住民や観光客が正確な情報を入手することができたためと考えられています。
洪水の範囲が広がるとともに州警察のFacebookへのアクセスが急増し、フォロワー数は1億6千万人に達しました。その結果、Facebookが洪水情報のワンストップポータルとなり、クィーンズランドの洪水に関する情報を知りたい世界中の人が、このFacebookにアクセスするようになったのです。

住民による情報提供により、正確な災害情報が世界中に伝わった

クィーンズランド州警察のFacebookページ

クィーンズランド州警察のFacebookページ

Facebookはスマートフォン等の携帯端末からもアクセスができ、クィーンズランド州の住民や旅行者が、自分の近所の被害状況をその場で撮影した画像や動画を付けて投稿することによって、行政機関だけでは網羅しきれない州内各地の被害現状が世界中に伝達されました。
サイクロン「ヤシ」に関する州の公式発表は、州警察のFacebookにアクセスした各国のボランティアによって24か国語に翻訳され、Facebookに掲載されました。クィーンズランドは、お金も時間もかけずに、クィーンズランドを訪れている観光客をはじめとする世界の人々に、サイクロンに関する最新情報を自国語で提供することができ、それが災害による人的被害の防止に大いに役立ちました。

 

 演習問題

あなたなら、どのように危機へ対応しますか?

あなたは、客室150室を有する海辺の大型旅館の支配人です。夏休みの賑わいで、家族連れを中心に、満室の予約をいただいていた日の午後5時半ごろ、フロントでチェックインのお客様に対応している時、突然、地鳴りと共に非常に大きな地震が発生しました。あなたがまずすべきことは何ですか?

A解答例をチェックする
  1. ロビー周辺にいるお客様を安全な場所に誘導し、体を低くして頭を守っていただく。
  2. スタッフにお客様の誘導と対応、非常扉の開錠を指示。
  3. テレビ、ラジオをつけ、地震と津波警報に関する情報を収集。
  4. 津波警報が出たら、ロビー内や屋外のお客様を館内の上の階に誘導する。
  5. 現状と安全確保のためにお客様にしていただきたいことを館内放送で案内。
  6. 館内の安全(火災発生、建物の損壊等の有無)の確認。
  7. 予約台帳、チェックイン済みのお客様のリストを入手。可能であれば、システムから出力・印刷しておく。
  8. 館内のお客様、従業員の安否確認を指示。
  9. 危機管理体制を立ち上げ、情報を一元化。
  10. 負傷したり閉じ込められたりしたお客様、従業員の救護。
  11. 消防・警察等への連絡。
  12. ウェブサイトを通じた情報発信(第一信)の準備。

地震発生から1時間後、次第に状況がわかってきました。地震による旅館の建物の大きな損傷や火災発生はありません。地震後、津波警報が発令されましたが、津波到達予想時刻が過ぎても、旅館の前の海面に大きな変化はみられません。館内にいるお客様の中で、重傷を負った人はいませんでしたが、割れたガラスで軽いけがをした人が数名いらっしゃいます。お客様は、現在、安全が確認された2階の大広間と3階の宴会場で待機していただいています。外国人のお客様が数名、不安そうな表情で床に座っています。今日お泊りのお客様の中に、聴覚に障害を持つ方々20名のグループがいます。
勤務中の従業員は全員無事でしたが、従業員の多くが家族と連絡がつかない状態です。当日非番だった従業員の一部とは連絡がつき、無事を確認できましたが、まだ連絡がつかない従業員もいます。旅館の周辺地域一帯が停電しています。旅館は非常用の自家発電機を起動して、最低限の照明は確保していますが、空調は止まっています。電話は、地震発生の数分後から固定電話も携帯電話もまったくつながらなくなっています。発信規制がかかっているようです。
このような状況で、あなたがすべきことは何ですか?

A解答例をチェックする
  1. けがをしたお客様の状態を確認し、可能な範囲での応急処置を指示。
  2. ラジオ、テレビ、ワンセグテレビ、スマートフォン等を使って、津波や余震に関する情報を収集。
  3. 津波の第二波、第三波に備えて、1階には下りないよう、お客様に徹底する。
  4. 館内のお客様に、掲示板等を使って最新情報を提供。聴くことが困難なお客様がいるので、口頭で案内したことは、掲示やメモで必ずフォローする。
  5. 公衆電話、衛星通信電話、無線、twitter、Lineなどあらゆる手段で外部との連絡を試み、館内の状況を伝える。
  6. 館内に避難しているお客様のリストを作成、チェックイン済みのお客様と照合して不明者がいないか確認。
  7. 外国人のお客様については、大使館・領事館からの安否確認にすぐ対応できるよう、名前と旅券番号を入れたリストを作成(チェックイン時のパスポートコピーも活用)。
  8. 連絡が取れていない従業員の安否・所在確認と、従業員の家族への連絡を継続。
  9. 長時間(数日間)、避難者が館内で過ごすことになる可能性もあるので、提供できる水・飲料と食糧の備蓄を確認。
  10. 現在の状況をメモで記録し、データファイル化しておき、インターネットが繋がったらすぐに自館のホームページにアップできるようにしておく。

JTB総合研究所では観光危機管理の実務支援を行っています

観光危機管理マニュアルの策定支援、現状把握調査、セミナー・シンポジウムの実施等、行政や企業での
豊富な実績とノウハウをもとに、観光危機管理の支援・コンサルティングを行っています。