事業を継続し、そして復興へ向けての効果を最大化する
観光危機管理における「危機からの回復」とは、危機の後、観光関連の組織をもとの状態に戻し、危機で影響を受けた観光地に一日でも早く観光客が戻ってくるようにすることを言います。
事業継続計画BCPの策定と実行
回復の第1ステップは、観光地域としての事業継続計画(BCP)の策定と実行です。BCPにおける主な課題は、以下の3つです。
- 事業継続の支援
地域の自治体、DMO、観光協会等は、地域内観光関連事業者の事業継続・再開を支援します。 - コミュニケーション(対:従業員、ステークホルダー、市場、メディア)
危機後の地域の現状に関する詳しい情報収集を行い、営業を継続しているホテルや観光施設、休業中の施設の再開予定などの情報を関係者に提供します。マーケットに対しては、どの施設がどの程度営業しているのかをきめ細かく情報提供し、地域への送客の動機づけとします。 - 危機後のマーケティング戦略
危機発生直後から、各メディアと協働して現地の正確な情報を市場に伝えます。今日では、従来のマスメディアの他、ウェブサイトやSNSを通じたコミュニケーションをマーケティング戦略に取り入れることも重要です。
危機対応の人的資源の確保
回復の第2ステップは、危機後の対応における人的資源(従業員)の確保です。危機発生に伴う観光事業者の休業等により、観光産業に従事していた人材が、一時的に、または恒久的に職を離れざるを得なくなります。観光産業において、人材は収益の源泉です。危機後の厳しい経営環境において、彼らの雇用を何らかの形で維持することができれば、危機回復後の事業はスムーズに再始動できるでしょう。危機の現場に居合わせた従業員や、危機発生後一時帰休を命じられたスタッフは、情緒面やモチベーション面で不安定になりがちです。こうした人たちの心のケアも、観光地の回復にとっては重要な要素です。
評価・改善
回復の第3ステップは、危機・災害からの教訓を生かすことです。そのために、まず行うことは、現場の声を集め、耳を傾けることです。危機管理計画がどの程度有効に機能したのか、何が足りなかったのか、計画や対応策をより良いものにするためには何をすべきかなどを、実際に観光危機対応に携わった人々から聞き出すとともに、こうした人々の現場での苦労を称えることも忘れてはなりません。
そのようにして現場の声を集めた後は、それらを分析・評価し、計画や対策、訓練などの面で改善すべき点を明らかにし、4つの‘R’に基づいて既存計画の修正を行います。修正した計画は、関係者に周知するとともに、それに則った訓練やワークショップを実施して、修正計画の徹底と定着を図ります。
あの事例に学ぶ
企業や政府・自治体の、実際の具体的事例をご紹介します。
プーケット津波
危機発生後、早急に復興のためのアクションプランを作り、実行に移す
2004年12月、インドネシアのスマトラ島沖で発生した巨大地震は、タイの海岸地方に大きな津波被害をもたらしました。被災後、タイ政府はタイ国政府観光庁(TAT)を中心とした危機対応プロジェクトを設置し、世界観光機関(UNWTO)や太平洋アジア観光協会(PATA)の協力のもと、観光の復興に向けた計画「プーケット・アクションプラン」を短期間でまとめ上げました。復興計画には、マーケティング・コミュニケーション、セールスプロモーション、コミュニティー支援、観光人材育成、持続可能な再開発などの具体的な活動が含まれ、寸暇を置かずにこれらを実行に移しました。
復興のスローガンは「Build Back Better」
津波により被災したホテルは、建物が修復・再建されるまでは営業することができません。アクションプランでは、「Build Back Better」(被災前よりもよりよいものに復興する)をスローガンに掲げ、営業休止中のホテルの従業員に対して、ホスピタリティ教育や語学教育を実施するなどして、従業員の雇用を維持するとともに、サービスレベル向上に努めました。現在、プーケットはビーチ沿いを中心に津波への備えが整ったリゾートとして完全復活し、ホテルや観光施設のサービスレベルも向上し、津波前を上回る外国人観光客が訪れるようになっています。
香港 SARSからの復興
戦略的な観光復興プラン
2002年11月、中国広東省で発生したSARSは、アジアを中心に感染者が急速に広まりました。香港では2003年2月に中国人医師が発病したのを契機に瞬く間に感染が拡大しました。同年4月2日、世界保健機関は香港と中国広東省への渡航を自粛する勧告を出し、これにより香港の観光産業はほぼ開店休業状態となりました。ホテルの稼働率は1ケタ台にまで落ち、香港を発着する航空機は大幅に減便されました。
香港政府観光局と香港政府は、SARSの感染が拡大しつつある4月時点で特別チームを編成し、感染収束後の観光復興計画策定に着手していました。5月23日、香港政府の働きかけが功を奏し、WHOは香港に対する渡航自粛勧告を解除しました。6月23日、WHOは香港をSARS汚染地域から除外することを発表、その数日後から、香港はそれまで綿密に準備を進めてきた観光復興プロモーションを全世界で大々的に展開しました。4億香港ドル(60億円)かけたPRキャンペーンを通じて、世界の人々や旅行会社等に香港復活をアピールしたのです。8月には、世界55か国の旅行・観光関連のキーパーソン1,000名以上を香港に招待し、SARSから完全復活した香港の様子を実際に見、体験していただく機会も作りました。
PATAとの連携
香港の観光復興は、香港政府独自の観光復興プランに加えて、PATA(太平洋アジア観光協会)の「プロジェクト フェニックス(不死鳥)」と名付けられた、SARSからの復興を目的としたコミュニケーション・キャンペーンにも支えられました。PATAは、限られた予算を最大限生かしてSARSで落ち込んだ観光需要を取り戻すため、CNN、BBC、「タイム」、「フォーチュン」などのテレビや雑誌に、専門家のインタビュー記事を載せるなど、SARSの影響や回復の現状を世界の消費者に伝える戦略を実行しました。2003年8月から12月まで実施されたキャンペーンの結果、香港をはじめとしたキャンペーン対象地域では、予想以上に早く観光客が戻りました。コミュニケーション戦略が、観光危機からの回復を早めた好事例と言えます。
演習問題
あなたなら、どのように復興をスタートさせますか?
グアムでは、2013年2月に、3名の日本人観光客が亡くなり、多数が重軽傷を負う無差別殺傷事件が発生しました。あなたがグアム政府観光局のマネージャーだとしたら、事件後の観光客の落ち込みを最小限にとどめ、観光の早期回復のためにどのようなことをしますか?
- A解答例をチェックする
- 例えば下記のような復興施策が考えられます。
- 死傷した方々と、その家族・関係者に対して、可能な限りきめの細かいケアをする。
- ケガをした方の治療等に関して、保険会社との交渉なども含めて、迅速かつ責任ある対応をする。
- 政府観光局長または知事の記者会見を開き、マスコミ記者に対して次のことを明確に伝える。
- 死傷者に対するグアム市民を代表した哀悼となぐさめのことば
- 容疑者(犯人)は拘束され、グアム島内の安全は確保されていること
- 事件は容疑者による単独犯であり、犯罪組織やテロ集団との関係は皆無であること
- 容疑者を取り調べ、犯行の動機を明らかにする
- この事件にかかわらず、グアムは安全で楽しいリゾートなので、引き続き訪れてほしい
- 風評被害を防ぐため、メディアに掲載された記事にすべて目を通し、不適切な表現があれば修正を申し入れる。
- 観光ウェブサイトやSNS等で、いつも通りの明るく、楽しいグアムの観光の様子を発信する。
- 旅行会社や観光客にインタビューやアンケートを実施し、事件によってグアムの印象が変わったかどうかモニターする。
あなたは、リゾート地のホテルの総支配人です。先日、ホテルに宿泊した修学旅行生が集団食中毒にかかりました。保健所の調査の結果、罹患した生徒の便と朝食に提供したサラダからサルモネラ菌が検出され、これが食中毒の原因と特定されました。ホテルは、5日間の営業停止処分となり、テレビ・新聞で報道されました。報道の翌日から、修学旅行や団体の予約の取り消しが相次いでいます。あなたは、ホテルの営業を立て直すためにどのようなことをしますか?
- A解答例をチェックする
- 例えば下記のような立て直し策が考えられます。
- 患者が発生した学校への謝罪。
- 学校で保護者に対する説明会を実施し、謝罪と今後の対応について説明。
- 修学旅行を取り扱った旅行会社への謝罪。
- 生徒が入院している病院に社員を派遣して、生徒本人とその家族にきめ細かく対応。
- 治療費、帰宅のための交通費、救援者費用等の立て替え払い、および保険会社との交渉。
- 菌が付着した原因の徹底的な解明。
- 保健所の指導を踏まえた、再発防止のための対応策検討(調理部スタッフとともに)と実施。
- 厨房・冷蔵庫の消毒と、調理・配膳に関わるオペレーションの見直し。
- 全従業員に対する「食の安全」に関する教育の実施。
- 事故発生の経緯・原因の文章化と社内での共有。
- 「お詫びとお知らせ」を自社ウェブサイトに掲載。
- 食の安全のための対応策を自社ウェブサイトに掲載。
- 「食の安全のための対応策」をプレスリリース。
- 予約取消になった学校・団体オーガナイザーに謝罪と対応策の説明。
- 旅行会社に対応策の説明。
関連リンク
- 香港政府観光局
2003年のプレスリリースを見ると、当時のリカバリープロモーションの勢いが読み取れる。